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パノラマ座談会@戸栗美術館 August 2013 文・構成:竹内典子

パノラマ座談会「古い焼きものに想いを寄せて」 前編 4/4 森 由美 (陶磁研究家、戸栗美術館・学芸顧問) × 浜野マユミ (陶芸家) × 吉永サダム (陶芸家) × 矢野直人 (陶芸家)

古いものを手本に

吉永さんは陶器から磁器も手掛けるようになられて3年くらいだそうですね。

吉永 矢野君と話をしている中で、磁器も素材を探究してやっていけばできるかもしれないという想いになって、最初は天草陶石でテストしていたんですけれど、その後、今回の作品展に際して、浜野さんから素材とか轆轤の立ちものについての協力を求められて、それだったら泉山陶石でもやってみようと思ったんです。天草も泉山もどちらも素晴らしい素材だし、その違いもわかるだろうしと。そういうタイミングなので、今回は技術サポートという立場で協力させてもらいました。

私にしても消費者にしても作品を拝見する側にとって、浜野さん、吉永さん、矢野さんの作品はきっとそれぞれ全く違うものですよね。でも先ほどからお話をうかがっていると、皆さんお互いの仕事についてもよくわかっていらっしゃる。たとえば先ほど矢野さんが、泉山の土は扱いにくいから江戸時代当時は糸切成形をしていて、糸切してこそいいものがきちっとできると、泉山だからこそ糸切だったんじゃないかということをおっしゃっていましたが、それはすごく面白い意見だなと思いました。

浜野 たしかにそうですよね。

糸切成形の優れたものを見ていると、それが行われたのは17世紀のほんの一時期だけなんですね。その糸切成形のものは、どれもほぼ間違いなく、かなり上手のもので、いいものをあえて糸切でつくっている。ところがそのテクニックは18世紀にはなくなって、下手とまではいかないけれどもラフな食器である長皿にしか糸切の技法は使われなくなって行く。しかも器の厚みがまるで違って重いです。

色絵 梅花丸文 分銅形皿 伊万里(古九谷様式)江戸時代(17世紀中期)/戸栗美術館 2階 第一展示室 色絵 梅花丸文 分銅形皿 伊万里(古九谷様式)江戸時代(17世紀中期)/戸栗美術館 2階 第一展示室

染付 兎形皿 江戸時代(17世紀後半)/戸栗美術館 2階 第一展示室 染付 兎形皿 江戸時代(17世紀後半)/戸栗美術館 2階 第一展示室

浜野 つくり方はいろいろあるのかもしれませんが、資料館の倉庫で、長皿の高台を押し付けてつくる型を見たことがあるので、あれは17世紀中頃の糸切とはちょっと違うのかもしれません。

たしかに何か違いますよね。17世紀の伊万里においての糸切成形というのは、ある意味で高級品のいいものをつくる、そのためのテクニックだったのかなと思えますね。かつ、その当時の土である泉山は扱いにくい、でもこれを生かして高級品の薄いものをつくろうと思ったらば、もう轆轤ではなく糸切しかない。そういうことが17世紀のほんの20~30年の間に起こったのかなと。

矢野 たとえば伝統工芸、人間国宝、職人30年、轆轤みたいなピタッとくるイメージってあるじゃないですか。轆轤の方が薄くきれいな上手のものができるというような。でもそういう意識ではなくて単純に、形を複雑に変形させるというのはすごいことですよね。もともと丸いものがある環境の中で、そういうものを新たにつくるというのは。糸切はそういう上手のものをつくるのに、理に適っていると思います。

おそらく轆轤でつくる猪口とか碗というのは、何十個とか何百個という単位でつくるものですけれど、糸切成形はまずその単位ではつくられていないものです。型がありますから何度もつくろうと思えばつくれますが、ごく限られた高級品をつくるテクニックとしてあったのではないでしょうか。素人からは轆轤の技は難しいから轆轤の方が上に見えるんですけれども、もともと轆轤は量産のための技術ですよね。なぜ糸切にはこんなにきれいでかわいらしいものがあるのだろうかと、作品を見ていて思うのですが、本当はそうじゃなくてむしろ逆で、かわいらしい、いいものをつくろうと思ったからこそこのテクニック、そういうことなのかもしれません。

浜野マユミ 「白磁長皿」/戸栗美術館 1階やきもの展示室 浜野マユミ 「白磁長皿」/戸栗美術館 1階やきもの展示室

浜野 実際に糸切でつくってみると、美術館の収蔵品のようなものに近づこうと思ったら、一枚を触っている時間というのはものすごく長くなります。成形においては、そんなに長く粘土の状態では触らないですけれど、その後の仕上げにおいて、裏をきれいにしたりするのに、たとえば2階に展示されている「色絵 梅花丸文 分銅形皿」*11のようなクオリティにしようと思うと、ずっとずっといじっているんじゃないかな。轆轤で裏の削りをするような時間では、とてもできないほどの時間をかけて、あのきれいさに仕上げていると思います。なので、1枚のお皿にかけた時間がすごく長いんじゃないかと。それは高級品ですよね。轆轤は手数を減らす仕事だと思うんですけれど、糸切は触って持っていることが魅力になるような気がして、私はつくっている時、ずっとずっと触っていたいと思います。本当に抱いて寝たいくらい(笑)。

吉永 ちょっと変人ですね(笑)。

浜野 でも本当にそうで、手が足りないくらいに思います。

座談会風景

矢野 轆轤は手数を減らして量産化するけれど、糸切はあえて手数を増やして、ないものをつくる。

浜野 あの高台の仕上げをしようと思ったら、本当にツルツルになるまで削って、そうしてパチッときれいな形につくったものが、薪で焼いてあんなに歪むというところにも魅力を感じます。歪ませようとした歪みと違って、きれいにつくろうと思っていたけれど、そこに自然の力、火の力で歪んでしまって、さらに魅力を増すというか。素敵にならないはずがない、そういうつくり方だと思います。

矢野 それはもう一線を飛び越えた意見(笑)。でも、そこまで想いが行ってしまうということだね。

浜野 糸切の歪みは魅力じゃないんですか?

普通、歪みが魅力と言う時は、織部焼とかああいうものの歪みのことを指すのですけれども、浜野さんが感じているのはそれとは違いますよね。

浜野 違うんですか?

矢野 僕は李朝のものとかは、轆轤の作品であれば歪みはチャームポイントとして捉えやすいと思います。でも浜野さんのように、糸切でそこまでとなると、マニアックだなとなっちゃう(笑)。もしかしたら10人に聞けば1人くらいはいるかもしれないけれど(笑)。でもそこまでの想いがあるからこそ、よりできるというか、突っ込んでいけることがあるのかな。

浜野 だんだんと欠点はチャームポイントに見えてきますね。人の欠点とかギャップも魅力に感じるものじゃないですか。

もうかなり惚れ込んでいらっしゃいますね。

浜野 今は自分の中でとくに古いもの熱というか、そういうのが来ている時だと思います。

後半へ続きます。

*11:「色絵 梅花丸文 分銅形皿」
江戸時代(17世紀中期)。伊万里(古九谷様式)。糸切成形。戸栗美術館所蔵。

浜野マユミ作品展

浜野マユミ作品展

2013/7/6(土)〜9/23(月)
@戸栗美術館/渋谷

「戸栗美術館 1階やきもの展示室」にて、浜野マユミ氏による作品展を開催致します。 古伊万里の伝統技法を用いて、日本の四季を表現した小皿・猪口などを展示。 制作に用いた道具類もご紹介します。 企画展「小さな伊万里焼展 ―小皿・猪口・向付―」とあわせてお楽しみくださいませ。

財団法人 戸栗美術館[東京渋谷・陶磁器美術館]
〒150-0046 東京都渋谷区松濤1-11-3
tel. 03-3465-0070
http://www.toguri-museum.or.jp

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