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Interview 梶原靖元



文・構成:竹内典子 / Feb. 2017

作品づくりについて

「古唐津はすべてに謎」と思って、原料の土、灰、釉薬などすべての疑問を一つ一つ検証してからつくっています。たとえば、陶土の原料は砂岩だったと言われるけれど、本当にそうなのか。なぜ釉薬に、長石のない唐津で長石を使うのか。名前の由来にしても、(まだら)唐津の「斑」って何だろうか。本当に謎だらけなんです。誰かが藁灰を使って斑ができたといえば、多くの人はそれに倣ってつくって納得しているけれど、そもそも斑の釉薬原料は藁灰なのかもわからないですよね。窯焚きだって、いまの窯焚きで正しいのかどうか。まず疑問をもって調べて、それを検証して、昔のやり方がわかるまでずっと写しを続けてきました。いまはだいたいのことは解明したと思っています。

常識ではなく自分の目で

藁灰について疑問を持ったのは、当時は藁が貴重だったからです。その大事な藁を燃やして灰にしたのだろうかと。木の文化、藁の文化でしたから、草鞋(わらじ)を始め暮らしの道具は藁でつくっていたでしょう。この辺りは一反百姓と言われるような山田ですから、一反の田から採れる藁なんて抱えられる程度です。そんな貴重なものを燃やせないですよね。農家が一年間に使う藁の量は、およそ三反分だそうです。だから、釉薬に藁灰を使うなんておかしい。

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では、何の灰だろうかと、いろいろと実験するんです。竹、萱、葦など、いろんな身近なものを灰にしてみます。よく考えたら、斑唐津がつくられていた帆柱窯と皿屋窯の2か所辺りには、稗が生えていたんじゃないかと。私も十年間、田んぼを借りて無農薬で稲をつくっていたんですけれど、除草剤を撒かないからすぐに稗が生えてしまう。お盆過ぎまで毎日草取りを2時間しても、稲刈りの頃には半分が稗です。せっかくだからと稗を釉薬にしてみたら、なんと斑ができてしまった。だから、斑唐津の灰は、藁ではなく稗かなと一時は思っていました。

ですが、検証を続けるうちに、稗灰でもなさそうだなと。結局、ここで採れる砂岩が原因なんですね。有田でもなく、伊万里でもなく、ここの岸岳系砂岩。石炭が採れる特殊な砂岩で「アルコース砂岩」と言い、福岡の内ヶ磯(うちがそ)、北朝鮮の会寧(かいね)、中国の鈞窯(きんよう)にも、ここと同じような砂岩があるそうです。長石分が多いのが特徴で、ふつうの砂岩は珪石ですから珪酸分であって、長石分は少ない。このアルコース砂岩こそ、木灰を足すと、斑の釉薬になるんですね。でも、ふつうの砂岩に木灰を足しても透明釉にしかならなくて乳濁しない。おそらく、陶工たちは朝鮮半島でやっていた調合で、透明釉をつくろうとしたら、ここはアルコース砂岩だったので透明にならず、斑になってしまったという結果なのだと思います。斑をつくろうとしたわけではない。

つまり、斑の釉薬に藁灰は使っていなかったということですよね。疑問を持って検証し、当時のやり方がわかってはじめて私はつくることができます。こうするから斑ができるんだと、理由を理解してからつくるんです。

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本物を求めて

私は伊万里の出身で、実家は飲食店でしたが、唐津焼に弟子入りして陶芸の道へ。3年で独立してからは実家でつくっていましたが、24歳の時に家を出て京都へ行きました。とにかく新しいことを勉強したいと思って、クラフト系の絵付けを5年間、それから家元の煎茶道具を5年間、合わせて10年間京都で学んで、最終的には職人として働きました。

その頃に妻と出会って結婚し、子どもが生まれたのを機に、唐津市内で独立。轆轤は一切使わず、荒々しい手びねりや板づくりでクラフト作品をつくって、電気窯で焼いていました。ちょうどそういう物のブームで反響もよかったんですけれど、だんだん自分の作品に飽きてしまって。ちょっとこれは本物ではないなと思うようになったんです。

そこで、それまで電気窯ばかりだったので、薪の穴窯をつくりたいと思って、相知(おうち)町のここに土地を買って、まず窯を自分でつくりました。山地でしたから木を切って造成して、橋を渡して入れるようにして、一つずつつくって家も建てて、現状に至るまで10年くらいかかったんじゃないかな。

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並行して、「古唐津研究会」の会員同士で古窯に陶片調査に行ったり、韓国へ行ったりするようになりました。もともとは4~5人で始めた会ですが、今は全国に約40名います。陶芸家ばかりではなくて、骨董好き、唐津好きの集まりで、お酒を飲んでも焼き物の話で朝まで盛り上がるような熱心な仲間です。私も古唐津の研究のために、九州陶磁学会の資料を隅から隅まで読んで勉強したりしますが、唐津のことは唐津にいてもわからないことがあって。唐津のルーツである韓国へ行って、その窯跡から見るとよくわかる、ということもあるんですね。韓国は粉引や高麗青磁の古窯跡を訪ねたのが最初で、その後も度々訪ねて現地で作陶もしています。

素材からつくり上げる

陶土は自分でつくっていますけれど、原料となる石は見た目に似ていても、先ほど話したアルコース砂岩はじめ、採取地によって個性が全て違います。とりあえず陶土にしてみて、形がつくれる状態になるかどうかです。形にできなければ使えませんから。有田の天草の原石なら7割くらいは陶土になりますが、伊万里は5割くらいで、有田の砂岩では6割くらい。新しい砂岩が見つかると新しい物ができますから、工事現場とか崖崩れとかあれば、すぐ見に行きます。承諾を得て、岩を砕いて抱えられる大きさにして持ち帰ります。この原料をどう使いこなしていこうかな、どんなものができるかなと考えるのは愉しいですね。

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採ってきた石は、建築現場用の木槌で叩いてつぶします。すべて手作業ですから、一臼分つくるのに1時間以上かかります。雨の日は、そうした外仕事ができないので、蹴轆轤の作業を行います。いまはすべて蹴轆轤でつくっていて、器の寸法にこだわるよりは、自分の指先の感覚で挽いて、あまり形には手を加えたくないので、挽いたままの形にします。

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薪の杉や檜は皮を剥いで、その皮は燃やして灰にして釉薬に使います。薪は皮を剥ぐことで、燃やした時に窯の中で皮に付いた汚れが飛ばなくて済みますし、灰づくりの焚きつけに杉の葉を使えるので、すべてが無駄なく使えます。窯の周りに生えているシダや萱なども灰にできます。窯入れ前に灰づくりをすれば、灰ができる上、窯も乾燥して温まるので一石二鳥ですね。そうして、高麗時代の青磁窯に倣ってつくった自作の穴窯で焼いていきます。作品展は2か月に1回くらいのペースで行っていて、個展では必ず新作を出すよう心がけています。

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唐津の酒器というのは、間違いなくお酒をきれいに見せてくれます。重すぎず軽すぎない絶妙な持ちやすさ、そして口当たりの良さもあります。世の中には持ちにくい物が結構ありますけれど、美味しく呑むには、持ちやすさは大事ですね。私は自分の窯で焼いた物は、全て使います。愛用するのではなくて、毎日新作を使うんです。つくっている時は気に入っていた物が、使ってみると思ったようではなかったということもありますから、まずは自分で使ってみないと。

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人によっては、黒いぐい呑みは色映りがよくないので駄目だという人もいます。でも、つくってみたいんですね(笑)。実際につくって使ってみると、ものすごく深みを感じて、お酒が美味しく見える時があるんです。何だったんだろうあの時、とても綺麗だったなという感動もあって…。つくることと使うこと、どちらも大切にしています。

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Archives:つながりの器、その先へ 〜唐津・有田の6人の作家〜


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梶原靖元×矢野直人×竹花正弘×山本亮平×浜野まゆみ