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Interview 竹花正弘



文・構成:竹内典子 / Feb. 2017

作品づくりについて

僕は古唐津を全般的につくっています。絵唐津、無地唐津、斑、朝鮮、黒、青、その他諸々。古唐津がつくられた時代というのは、わずか20~30年間しかないんですね。その古唐津とか古伊万里とか呼ばれているものの中にある魅力的なものをつくっていますが、それだけでもなくて、李朝寄りの粉引とか、だんだん唐津から外れて白磁とかつくっているので、産地や年代はいろいろですね。結局、自分が良いなと、こういうものを使いたいなと思うところにいっている感じです。

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土については、陶土になる材料を陶土にするというふうに土づくりをしています。具体的には材料を水簸(すいひ)して、不純物を取り除く作業をするんですが、細かいものを集めて、そこにちょっと粗いものを少しだけ戻したりもします。そうすると焼き締まって使いやすい器になる。その分、派手なアクションは消えるんですけど、素材が表にバンと出てくる感じじゃなく、もうちょっと奥に潜んだ感じになります。

窯焚きは一人でやっています。自作の登り窯は、1年かけて少しずつ増築して3室あります。その内の2室を使って、年に10回くらい、薪で焚きます。

いまは素焼きは全くしていません。生で釉薬掛けて、一回しか焼かない。
もともと古唐津は、素焼きされているものは少ないんですね。朝鮮唐津くらいで、あとはほとんど素焼きされてないんじゃないかなと思います。

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僕の場合は、素焼きする必要がない。一人ですから、その方が早いんです。最初の頃は素焼きをしていたんですけど、1日半余計に時間が掛かる。窯詰めして火を入れて、焼いて、次の日冷めてから出して、手入れして…そうすると時間が掛かってしまう。素焼きしなければ、それがないので連続して作業が出来ます。乾かす時間も必要ないくらい、そのまま窯に詰めて焼けば済みますから。
作業手順としては何人かいた方が都合いいなとは思います。たとえば僕がつくって、他の人が釉薬掛けて窯詰めまでして、っていうふうに。昔は分業制だったから、そういう工程だったのかなとは思いますけれど。

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酒器のこと

最近の自分の好みは、口もとが薄め。最初の頃は唐津焼きのイメージで、結構ぼってりとした物が多かったんです。でもだんだんと、飲み口とか切れ味とか、そういったところでさっぱりするようなものが増えています。自分が飲んでいて心地よいものですね。

山瀬の斑のぐい呑みは、最近つくり方を変えて、ようやくかっちりと焼き締まるようになりました。山瀬の土というのはカオリン、粘土分が多く、やわらかい感じで焼き締まりにくく、唐津の中では特殊な土なんですね。まだもう少し温度抑えて出来そうです。
それと、最近はまっているのが黒唐津。なんとなく表情が出てきて、意外とお酒を入れたときに、ムラが良い感じの色になるんです。

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僕の粉引は基本的には、朝鮮カオリンだから材料は韓国の白化粧土。でもハケ目は、泉山の土で釉薬も泉山をかけて、ということを試しに何回かやっていて、ようやく出せるものになってきました。

つくりたいものは、だんだんと変わってきて、やっぱり使うことを意識するようになりました。どんな場所でどんな時に、どんな風に使われるか。そこに向き合っていると、余計なものが整理されて、どんどん物がシンプルになりますね。

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結局、毎日使っていると、いろんなものが見えてくる。自分がつくっているから、自分の感情が見えてしまう。最初は派手な物に目が向いて、憧れもあってつくってしまうけれど、つくり手の作為というか、余計な物がついていると、焼きものがうるさくなって、使っていく内に飽きてしまう。そうすると、そういう装飾的というか、余計な事をしたものは、使わなくなる。だからどんどん器の形が、シンプルな方に寄って行く。シンプルになればなるほど、じっくり使うじゃないですか。耳を傾けないと器が喋ってくれない、それくらいじっくりと長く使えるような物がいいですね。付け足さない、強くない、主役でなくていい。そんな助演男優賞のような焼きものがいいんです。

中国で感じた思い

最近中国に行ったんです。 今まで僕が持っていた中国の焼き物のイメージは、カチッとして、硬くて、人間が出来る最高の技を尽くしてやっているという感じだったんです。でも、中国こそが、もしかしたら、余計な物が入っていない、ただ使う道具でありえるような物があるのかもしれないと、行ってみて思いました。 中国は日本みたいにお茶の影響を受けていない。それに、つくられた数が人口の分だけ違いますから、すごくいい物がその中にはあるんです。実際に中国に行ってみて、そういうふうに見えました。 中国の有名な窯跡の陶片が、たくさん並んでいるのを見たときに、古唐津から受けた印象のようなものが意外にもあって。これまで精緻な器と思っていた定窯とかも、実際に陶片を手に取ってみると、そこに人間の香りというか、そういうものがしっかりと存在していて、すごくやさしい器だったんです。だから、中国のイメージが今までと全く変わりました。

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その中で、僕はどこを取るかです。自分が出来ることに限りはありますけれど、良い所を何かに盛り込みたいと思っています。そういう意味では、僕のつくりたいものは、一個一個違うんですよね。求めている世界が、古唐津、古伊万里、李朝、中国…、それぞれに違う。やりたいことの幅は、だんだんと広がっています。

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Archives:つながりの器、その先へ 〜唐津・有田の6人の作家〜


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