panorama

Interview 小倉充子 聞き手・文・構成:峯岸弓子

江戸を染める

あんたは絵を描け。
師匠にそう言われ、
弟子を首になった時、
進むべき道が見えた。
工房風景

——
学生のころは一枚の絵として図案を描いていたけれど、着物というのは立体に絵を配置するところに妙がある。そこが大きな違いですね。西先生のところへ通うようになり、その頃にはご自分の進むべき道も見えてきたのでしょうか?

小倉
結局、職人さんにはなれないってわかりました。今から職人としてやり遂げるには絵なんて描いている場合じゃないと、悩んだ時期もあったけれど、師匠が行くべき道を指し示してくれました。「技術はもういいから、あんたは絵を描け」って、弟子を首にされちゃった(笑)。たぶん、完璧な技術を教え込もうとは、はなから思っていなかったみたいですね。何から何まで全部やる必要はないし、自分に出来ないことは職人に頼めばいい、そういうことも教わりました。「絵を武器にやっていきなさい」口ではなんにも言わないけど、そういうことだったと思います。

——
その後に、ここ龍ヶ崎に工房を開いたんですね。独り立ちした当初と今では作品にどういう変化がありましたか?

小倉
西先生のところで教わったのは絹の型染です。最初のころは絹の着物で個展をやっていました。でも絹の着物ではお金ばかりかかってしまって……。今の図案とはずいぶん違いますが、当時から少しだけ手拭いと鼻緒をつくっていたので、木綿の着物をやってみたいという気持がありました。西先生のところでも木綿を少しだけやりましたが、後はほとんど独学でやっていたんです。

——
絹と木綿とでは、染め方がかなり違うのでしょうか?

小倉
型紙と糊を使う基本は一緒ですけど、絹と木綿では染め方も染料も全く違います。だから、染料も自分で探してまわりました。学生のころから独学は得意ですから(笑)。最初は一枚ずつ手染めで手拭いをつくっていたのですけど、ある方に手拭いの注染工場を紹介されたのです。初めてちゃんとした手拭いをつくるようになり、以来、木綿の魅力にはまりました。

——
木綿には絹と違うどんな魅力がありましたか?

小倉
絹の持つ品の良さとはまた違う、ざらついた感じがいいですね。素材として好きだし、私の性分とも合っていると思います。失敗してもいいって思えるから、思い切ったことにも挑戦できる。やはり絹は高価ですから冒険しづらいです。私はがさつだから、すぐに汚したり、シミをつけたりしちゃうし(笑)。木綿と出会い、染めることに対して、新たな楽しさや可能性を見つけられたように思います。

——
木綿によって創造力が開放されたんでしょうね。

小倉
本当に解き放たれましたね。例えば絹の場合、失敗を避けるために染めやすい型を作ろうとしてしまう。ところが今では、職人さんが驚くほど染めづらい型も作っています。逆に、そういう無茶な型で染めるのが得意(笑)。それが、木綿をやるようになって変わったことですね。

——
作品の表現方法が拡がったということですか?

小倉
型染めの場合、上手く染めるためには図案や型紙に様々な約束事があります。その縛りの中で如何に面白い図案をつくるかという醍醐味もありますが、さらに、そのたがを外すこともしてみたんです。一人でやっていると、そういう無茶をする楽しさがありますね。

——
小倉さんの場合、型紙も自分で彫られていますね。

小倉
職人さんに頼めば、図案通りには彫ってくれます。ただ、私の場合は図案通りに彫ってもらっちゃうと……。つまり、図案の中のどこまでを型として拾うかが問題で、それは彫りながら決めるしかないのです。その塩梅は自分にしかわからないですから。

——
図案として描いた時は必要だったけど、型にする場合はこの線はいらない、とか……。つまり、型を彫ることも図案を描くことと同じくらい、表現方法として重要なんですね。

小倉
絵によってはそうです。ただし、そうじゃなくていい図案もあるから、そういう場合は型屋さんに頼みます。また、型彫職人を目指してうちへ勉強に来ていた若い女性が、最近はいっぱしになってきたので、彼女にも型彫りを頼んでいます。これは嬉しいことです。

私の性分に合ってる。
木綿と出会うことで、
新たな可能性を
見つけることが出来た。
型紙:工房風景

小倉充子