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Interview 高橋禎彦 聞き手:井上典子 文・構成:峯岸弓子

やわらかいガラス

井上
それはガラスをつくるという意味で?

高橋
ガラスというより、ものをつくる世界という意味で。ガラスを始めた当初にそれを見ちゃったから、俺はこれでいい、って思ったんだよね。

井上
その直感は間違っていなかったのですね。多摩美を卒業した後は副手として学校に残り、その後にドイツへ渡りましたね。

高橋
多摩美の学生の頃、デンマークのフィン・リュンゴーというガラス作家が、日本人の井上睦夫さんという人をアシスタントとして連れて学校に来たんだけど、その人のおかげで日本人はよく働くという印象だったみたい。その後「ドイツのエーデルマンと言う作家が工房を作るから誰かアシスタントに行ってみないか?」という手紙を学校にくれた。それで、ドイツにあるエーデルマンに連絡をとり、工房に行くことになったんです。

井上
ドイツの工房で学んだこと、行って良かったと思うことは?

高橋
いろいろあるけど、まずは日本と全然違う仕事のシステムを習うことができたこと。チェコやポーランドもそうですけど、ボヘミアンスタイルといってベンチに座らずに仕事をするんです。立ったまま、左手だけでヨーク※2に載せた竿をまわしながらブロー(宙吹き)して型に入れる。その道具立てでいろいろなことをやっちゃう。自分ではけっこう上手なつもりで行ったのに、最初は全く出来ないんだなこれが!(笑)。しょうがないから一生懸命練習しました。日本のガラス工場も学校と比べるとまったく別世界だけど、それとは違う意味でこういうシステムもアリなんだと驚きました。ベネチアンともまったく違ったやり方だし、スウェーデンも行ったけど、そこもまた違っていました。

ものをつくる世界には、
グッと来る感じがあった。
俺はこれでいい、
そう思ったんだよね。
インタビュー風景
自分の仕事と、それを
見る人の距離が出来た時、
何かが物足りないことに
気付いてしまった。
インタビュー風景

井上
ドイツではアシスタントとして働く以外に、ご自分の作品もつくっていたんですか?

高橋
作品はたまにつくらせてもらっていて、工房の隅に展示用の棚スペースをもらった。そこで作品を見たギャラリーの人が、けっこう買ってくれたりもしたんです。ああ、案外簡単に物って売れるんだな、って思っちゃって(笑)。ギャラリーの人の提案で、最後に展覧会をやってみたら100万ぐらい簡単に売れちゃったんだよね。「あれ、けっこうイケるんじゃない?」って思って帰国したわけです。

井上
それはどんな作品? 今もそのタイプの作品をつくっていますか?

高橋
色の付いた吹きガラスにデコレーションしたタイプですけど、今はつくっていません。帰国して最初の頃は、ここの工房でそういう作品をつくって、荷造りしてドイツへ送り、展覧会をやって残った物をまた送り返して……。そういうことをやっていました。ドイツにいた頃は、自分の仕事、それを見る人、それについて語り合う人というのが、すごく近くにあった。でもドイツから離れたら、自分の仕事とそれを見てくれる人の距離が遠くなって、物足りなくなってしまった。それまでは単に「物をつくって売ればいい」と思っていたけど、「そうじゃない」ってことに気付いたんです。

井上
そうした心の変化は作風にも影響しましたか? これまで高橋さんの作品をずっと見てきたけど、何年かおきのサイクルで大きく変わっていますね。その時はどんな変化があったんですか?

高橋
その後やってた仕事は、サンドブラスト※3やコールドワークの細かい仕事を完璧にして行く感じでした。それをやっているとだんだん、ひと昔前の伝統工芸が修正を重ねてきた先にあるもの、超絶技巧的な仕事の世界にどんどん近くなって行くような気がした。技法じゃなくって、アプローチのせいなんだけどなんか違うような気がして来て。

井上
それで、次の方向転換が…。

高橋
じゃあ、何をやりたいの?って改めて考えた時、熔けたガラスという素材が面白いから始めたんだという、自分の原点を思い出した。ガラスを削るより、膨らませるダイナミズムに面白さを感じていたし、それは自分にとって得意でもあった。だけどその時、器をつくろうという意識はなかったんだよね。ただガラスを吹きたい、そう思った。でも、ガラスをぷーっと膨らませると中空になるから、その状態でもう容器だし、ポンテ※4とって口を拡げれば自然に容器になっちゃう。それも面白いかな、と思い始めて……。1992年ごろかな?

井上
このコップのシリーズですね。この時は確かに、突然コップ?という感じで驚きました。

高橋
その頃は、技法を習いたくてヴェネチアンテクニックのワークショップにも行きました。でも気がついてみるとそれは伝統工芸を習ってるんだなと思った。なんで伝統工芸的なのかというと、誰かが長年にわたって、何か特殊な目的のために洗練を重ねてきた技術なんです。それはある意味、非常にローカルで特殊な価値観なんだよね。

井上
そうだったんですか。それは初めて伺いました。そうした新しい技術の習得も、作品が変化する要素になるということですか?

高橋
たしかに要素のひとつではあるけど、もう一つ変わらざるを得ない理由は、仕事のシステムの変化にあるんです。たとえば、吹きガラスとカットガラスでは仕事のためのシステムが違うから、同時にやろうとするとムダがでる。ガラスに限らないけど、モノをつくるのって、窯の大きさやベンチの道具立ての違い、仕事の組み方の違いなど、道具の違いやつくりかたで作品の世界が大きく変わっちゃう。最初の頃は、あの機械すごいなあ、欲しいなあって、男の子だから道具に走っちゃうんだけど(笑)。

膨らませるダイナミズムに
面白さを感じていた。
ただガラスを吹きたい、
そう思ったんです。
突然コップ?
この時は驚きました。
インタビュー風景 高橋禎彦展 DM
@SAVOIR VIVRE 六本木
1996.6.7 - 15

※2:ヨーク
吹き竿を載せて回転させる台

※3:サンドブラスト
圧縮空気に研磨剤を混ぜてガラスの表面に吹き付ける加工法

※4:ポンテ
吹き竿で吹いたガラスを仮留めするための竿

高橋禎彦