パノラマ座談会「古い焼きものに想いを寄せて」 前編 1/4 森 由美 (陶磁研究家、戸栗美術館・学芸顧問) × 浜野マユミ (陶芸家) × 吉永サダム (陶芸家) × 矢野直人 (陶芸家)
美大の日本画学科を卒業後、窯業産地・有田で一から陶芸を学んだという浜野マユミさん。ある時、美術館所蔵の古い伊万里焼を実際に手に取り、その軽さと何とも言えない触感に心を奪われたそうだ。以来、その器がつくられた当時の技法「糸切成形」に着目し、久しく用いられることのなかったこの技法によるものづくりに取り組んでいる。現在、戸栗美術館で開催中の作品展では、技法のみならず陶石や呉須などの材料にもこだわって作陶した、渾身の器が並ぶ。浜野さんのものづくりにかける想い、その背景について、情熱を寄せ合う陶芸家仲間の吉永サダムさんと矢野直人さんを交えて、陶磁研究家で戸栗美術館学芸顧問の森由美さんとともにパノラマ座談会を開催。森さんの専門家ならではの視点とわかりやすい解説によって、古い焼きものと現代の焼きものの接点も見えてくる。
森 由美
陶磁研究家。
戸栗美術館学芸顧問。
東京藝術大学大学院美術研究科(保存科学専攻)修了。
戸栗美術館学芸員、日本陶磁協会研究員を経て独立。
著書『古伊万里との対話
』(淡交社)『週刊やきものを楽しむ・全30巻(兼・監修)』(小学館)等。(筆名・中島由美)
浜野マユミ
1974年埼玉県川越市生まれ。
武蔵野美術大学日本画学科卒業後、佐賀県立有田窯業大学校進学。
伝統工芸士 秀島和海氏、李荘窯 寺内信二氏に師事。
2001年川越にて開窯。
4年間休業し、2013年作陶再開。
吉永サダム
1975年伊万里市生まれ。
龍谷大学卒業後、佐賀県立有田窯業大学校進学。
卒業後、嘱託講師として2年勤務。
その後、佐賀県嬉野市「風ン谷淳窯」野村淳二氏に師事。
2006年より伊万里市の自宅工房にて独立。
矢野直人
1976年唐津市生まれ。
5年間のアメリカ留学後、佐賀県立有田窯業大学校進学。
卒業後、嘱託講師として勤務。
2004年より自宅殿山窯にて作陶始める。
2008年韓国蔚山にて6カ月作陶。
磁器産地・有田で学ぶ
森 戸栗美術館では現在、「小さな伊万里焼展」と称して、古い伊万里焼の小さくてかわいらしいものをご紹介する展覧会を開いております。戸栗美術館というのは、江戸時代の古伊万里などを中心とした収蔵品から、年4回展示替えをしてご覧いただいており、今年はその展示に合わせて年間4名の現代作家さんに作品を発表していただくスペースを設けています。今回は、浜野さんに同時開催としてそこにご出品をお願いしたわけですが、とても小さくてかわいらしい作品をつくっていらして、美術館の今回の展示ともぴったり息も合って嬉しく思っております。
浜野 有難うございます。
森 今日は浜野さんのお仲間であるお二人もご一緒に、焼きものづくりにかける想いとか、古い焼きものへの愛について語っていただけたらと思います。
浜野 はい。私が活動を再開するにあたり、大きく影響を受けた、伊万里の白華窯・吉永サダム君と唐津の矢野直人君のお二人です。吉永君は佐賀県立有田窯業大学校の時の同級生で、矢野君は2期後輩にあたります。
森 窯業大学校は最近、4年制も併設されたそうですが、皆さんの頃は2年間で卒業だったとか。ということは、浜野さんと矢野さんは大学ではお会いしていないことになりますか。
吉永 卒業後、僕が大学に残って2年間助手をしていた時に、矢野君が入ってきて知り合いました。それで浜野さんに紹介しました。
森 浜野さんはまず、東京の美術大学で日本画を専攻されてから、卒業後に有田の窯業大学校へ行かれたそうですが、窯業大学校とはどういうところですか。
浜野 私は焼きもののことをまったく何も知らない状態で入って、用語の一つもわからないところから教えてもらいました。ただ、美大の陶芸へ行くのではなく、地方へ行こうと思ったのは、職人さんに習いたかったからなので、そういうところを選んで行きました。
吉永 窯業大学校というのは、後継者育成のため職人さんを育てようというのが、もともとの始まりですね。ほかの大学とは少し違うかもしれません。
森 吉永さんのご実家は焼きものをやっていらっしゃるのですか。
吉永 いいえ、親は公務員でした。
森 矢野さんは?
矢野 僕の家は唐津の鎮西町というところで、父が殿山窯と名付けて焼きものを始めました。僕自身は殿山窯を名乗っていません。
森 ということは、窯業大学校には焼きものとの関係においていろいろな立場の方が学びに来るのですか。
吉永 そうです。全国から来ますね。焼きもの屋さんの跡取りはじめ、脱サラした人も多いです。
浜野 講師陣は、地元の伝統工芸士さんや職人さんが多いです。故13代中里太郎右衛門さん*1や故中村清六さん*2も特別授業でいらっしゃいましたし、校長先生は私の時は13代今泉今右衛門さん*3でした。今は6月にお亡くなりになられましたが14代酒井田柿右衛門さん*4でした。
森 浜野さんが焼きものをやりたいと思われたのはいつ頃ですか。
浜野 美大に入って日本画をやってみて、純粋美術というものより、生活に基づいた美術とか、工業デザインとかに行こうと思ったんです。
森 それは日本画を学んでいる間に思われたのですか。
浜野 はい。だから、陶芸を材料にしたオブジェをつくろうとは考えませんでした。そういうのが向いている方もいらっしゃるけど、そこは自分の肌に合ってないと思ったので、用途のある美術とか工芸に行こうと思いました。
森 思い切って、何も知らない焼きものの世界へ行かれたのですね。
浜野 大学4年の間に、京都へ見に行ったり、どこの産地へ学びに行こうかなとずっと探し歩いていました。
森 職人さんに学びたいという希望をかなえられるのが有田だったと。
浜野 はい。それと九谷とか、京都とか、有田とか、産地によって特色が違うんですけれど、有田は人柄も温かいし、自然も豊かな山間の町で、ここがいいなと思いました。
森 そうして有田で学ばれて、卒業の時の制作が「糸切成形」*5だそうですね。一般には聞き慣れない言葉ですけれども、伊万里焼でいえば、17世紀半ばから後半の頃、非常に流行った成形方法です。轆轤ではなくて、粘土の板をつくって、それを型に被せて、いろいろな形のお皿をつくるというのが糸切成形の方法ですけれど、それを卒業制作の課題にされた。そして、その後も糸切成形を生かした作陶をされているのですね。
浜野 はい。糸切成形は、自分の性格に合っている成形方法だと思っています。私にとっては、つくっていて、気持ちを込めやすい技法です。
浜野マユミ作品展
「戸栗美術館 1階やきもの展示室」にて、浜野マユミ氏による作品展を開催致します。
古伊万里の伝統技法を用いて、日本の四季を表現した小皿・猪口などを展示。
制作に用いた道具類もご紹介します。
企画展「小さな伊万里焼展 ―小皿・猪口・向付―」とあわせてお楽しみくださいませ。
財団法人 戸栗美術館[東京渋谷・陶磁器美術館]
〒150-0046 東京都渋谷区松濤1-11-3
tel. 03-3465-0070
http://www.toguri-museum.or.jp
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