馬越寿さんは、吹きガラスの仕事をきちんと正確にこなしながら、それをベースに驚くほどの細かさでガラスを切ったり削ったりして、構造的で緻密な作品につくり上げていく。インタビュアーの春名香代子さん(ギャラリー卯甲を経て、2012年3月よりオフィス卯甲代表)は、これまで多くのガラス作品を扱ってきた。馬越さんのストイックで稀有なガラスに魅せられたお一人である。
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吹きガラスで
つくったものを削っていく。
基本姿勢は学生時代から
変わらない
"四角のボトル" 1993
"excavated structure" 1997 -
春名
馬越さんは1992年に多摩美術大学のクラフトデザインを卒業されて、今年で20年になるんですね。卒業後はすぐに長野県のあづみ野へ行かれたのですか?馬越
はい。学生の時、初めは就職を考えていたんです。伊藤孚※1先生から「お前はデザイナー向きだよ」と言われて、自分にも少なからずそういう志向はあったので。それで就職説明会や工場見学に行ったりしていたんですが、職人さんがガラス吹いているところを見てしまったら、やっぱり自分でつくる方がいいと思うようになってしまって。結局、あづみ野ガラス工房※2を志望したんです。春名
その頃につくられた作品を拝見したことがありますけれど、当時からかなり完成度が高くて、今の作品につながるところを感じます。あづみ野時代は、主にどういった手法の作品づくりでしたか?馬越
あづみ野ガラス工房は、基本的に吹きガラスを中心とした工房で、私も吹きガラスでつくったものを削っていくということをしていました。春名
そうですか。基本的な方向は学生時代から変わらない?馬越
手法は学生の頃からずっと変わらないといえば変わらないですね。当時の大学の設備というのは、今と比べたら原始的な設備だったと思いますが、学生数も多くなかったので、設備は原始的ながらも学生一人一人の吹きガラスの制作時間はもらえたんです。それで自然に吹きガラスでつくり、つくったものを削って形づくっていくという方法にいきました。というのも、ホットワークの技術を習得して、思った通りのものをつくるというのは結構ハードルの高いことなんです。もちろんホットワークでできたものが、思い通りにいかなかったとしても、それをよしとしていく考え方もあるんでしょうけど、それではどうしても自分のものになっていかない。それで吹いてつくったものにいろんな手段を使って削るとか何かしていくことで、自分の方に引き寄せているんだと思います。春名
なるほど。
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馬越
ただ、これは後から思ったことでもあるんですけど、溶けたやわらかいガラスを扱うという仕事「ホットワーク」と、冷めた状態のガラスを削っていくという仕事「コールドワーク」、この対照的な2つの技法によって、現れるフォルムや表情は当然対照的であり、その違いとか対比とかいうものを魅力としてかなり意識してきたんだと思います。春名
コールドワークにおいての手法はさまざまあるのですか?馬越
手段としてはいろいろあります。技法の名前もいくつもあるのですが、「削る」ということでは一緒かなと思っていて、私の手法については大きく括って「切削(せっさく)」という言葉でまとめています。文字通り「切る削る」です。春名
それは馬越さんの作品の大きな特徴ですよね。つくり込むというお仕事は、どんどんやっていくと、作品も変化していくような気もしますが、最初から完成のイメージがあってつくるのですか? それともやっている内に、イメージがどんどんできてくるのですか?馬越
両方ありますね。たいていの場合は、最終的な姿の想像というのは、割と明確に持ってつくっています。ただ、作品づくりの出発点になっているところというのが、頭で考えたこととか、スケッチしたこととかいうよりは、そこにあるガラスの現象そのものということが多いので、場合によっては手を動かしながらだんだん変わって、想定していなかった方向にいくケースもあります。 -
そこにあるガラスの
現象そのものに
惹かれながら手を動かす
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建築物の写真やディテールは
ビジュアルソースのひとつ
"structure" 2001
"structure" 2001 -
春名
そうですか。それともう一つ、馬越さんの作品の大きな特徴は「造形」ですけれども、鉄塔など建築物を作品に採りこまれているのは、何か理由がありますか?馬越
単純な理由で、大学以前の話になりますが、最初に美大を志した頃は、ガラスとか工芸をやろうと思っていたわけではなくて、漠然とグラフィックデザインとかそういうものに興味があったんです。勉強をしていく中で、ビジュアルソースを集めていて自分のフィルターに引っかかってきたのが、建築物の写真であったり、ディテールだったりしたんです。だから、私の引き出しの大部分はそういうもので占められていて、何かをつくろうと思うと、引き出しの中からそういうものが出てくるということです。春名
香水瓶の栓のデザインが、L字鋼だったり、H鋼だったりしますね。始めに形ありきですか?馬越
必ずしも全部がそうではないです。ディテールの集成でフォルムができていくような考え方をしていると思います。ある段階になると、作品の全体像のスケッチみたいなことをするんですが、とっかかりはディテールのスケッチの寄せ集めであったり、あるいはディテールの現物の寄せ集めであったり。そういうことが出発点になっていることが多いですね。 それから、ガラスを切ったり削ったり、何かしらの行為をした時に出てくる現象。そういうものの中から面白いものを拾っていって、それがフォルムに結びついたり、ということが多いような気がします。春名
建築家になりたいと思われたことは?馬越
それはないですね。なれないですよ。あくまでビジュアルソースとしての興味の対象です。構造などに漠然とした興味はありますけれど。