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パノラマ鼎談「自分の“好き”を信じて」小山剛(木工家) × 滝本玲子(R/西麻布) × ペトロス・テトナキス(pragmata/八丁堀)

パノラマ鼎談「自分の“好き”を信じて」
小山剛(木工家) × 滝本玲子(R/西麻布) × ペトロス・テトナキス(pragmata/八丁堀)

文・構成:竹内典子 / Mar. 2016

木工作家の小山剛さんにとって、西麻布の喫茶店「R」の滝本玲子さんと、八丁堀のギャラリー「プラグマタ」のペトロス・テトナキスさんは、率直に言葉を伝えられる頼もしい存在。もともとRのファンだったという小山さんは、初個展をRで行っていて、ペトロスさんともその時に出会ったそうです。初個展以前の小山さんの歩みと、その後の展開、これからの想いなどを自由に語っていただきました。

飛騨高山の木工専門学校へ

滝本 ご存知ない方もいらっしゃると思うので、小山君が木工家になった経緯からお話してもらえますか。

小山 新潟の普通高校を卒業した後、飛騨高山にある家具の専門学校へ進みました。木の取り扱いから、デザイン、デッサン、一通りの木工基礎知識などを学びながら、自分のデザインした家具をつくるという学校でした。僕はもともと小さい頃から物づくりは好きで、でも木にこだわっていたわけではなくて、何か手で物をつくることが仕事になればいいなと思っていたんです。それで、高3の進路を決める時に、いろいろな物づくりがある中で、最初はデザイナーを考えたんですけれど、平面よりも自分の手でつくり出せる立体がいいなと。父親が日曜大工で棚をつくったり、自分も部屋を模様替えしたり、好きな雑貨を飾ったり、インテリアを楽しむのが好きでしたし、母親の買物につきあって、よく一緒にアンティーク家具屋に行ったりもしていて。家具に興味があったから「木の家具をつくる」という道に進みたいと思うようになったんです。

イメージ:小山剛
小山剛さん (木工家)

滝本 その学校で、小山君はどんな家具をつくったのですか?

小山 最初は椅子とか基本的な物から始めて、だんだんと自分のデザインを入れたものをつくっていって、最終的な卒業制作では、一から十まで自分でデザイン考えて、僕はキャビネットをつくりました。

滝本 飛騨高山というと、オークヴィレッジ*1とも関係ある学校かしら?

小山 もともとは関わりがあったようですけれど、僕が入った時には違う形態になっていました。オークヴィレッジがやっている「森林たくみ塾」は、学校というよりオークヴィレッジの製品を実際につくりながら学ぶという実践スタイルなので授業料はかからないんです。僕の学校は専門学校としてカリキュラムが組まれていて、先生の授業が1限から始まってというものです。

滝本 学校生活は面白かったですか?

イメージ:滝本玲子
滝本玲子さん (R/西麻布)

小山 僕は18歳で入学したけれど、美大卒の人が多くて平均年齢は高かったんですね。30人くらいいる中で、10代は僕ともう一人くらい。脱サラしてとか、定年後のライフワークのためにとか、50代後半の方もいました。その人たちと一緒に授業を受けていたので、ちょっと大人の雰囲気というか、新入生の感じとかは全然なくて。山の中だから遊びに行くところもないし、ほとんどの人が寮住まいで、いろんな人の部屋に遊び行くんですね。美大出の人もいるから、世界観もいろいろあって。僕なんか田舎の高校生で何も知らなかったから、その部屋を一つずつ開ける度に、いろんなカルチャーと出会うわけです(笑)。年齢もさまざまだし、いろんな刺激をもらって、世界がバァーッと開けましたね。何もない田舎に行ったはずが、いろんな世界を知ることに。音楽とかお酒とか、遊び倒して落ち着いた人や、自分が何をやりたいかを考えて木工の道に来た人とか、いろんな人がいたから、話をするのは面白かったですね。

ペトロス 素敵な経験ですね。

イメージ:ペトロス・テトナキス
ペトロス・テトナキスさん (pragmata/八丁堀)

小山 10代の終わりに、そこで年上の方々からいろいろ教わったことは、いまの自分につながるところはあるかなと思います。刺激的でしたし、自分の知らない世界を見るというのは楽しいですよね。ただ、その学校は、もうなくなってしまいましたが。

師匠、谷進一郎氏との出会い

滝本 師匠とはどこで出会われたのですか?

小山 僕の師匠、木工家の谷進一郎*2さんは、2年生の時に、課題講師として一日授業に来てくれたんです。活躍されている木工家の授業ということで、その時に、師匠の作品を見て、僕はカルチャーショックを受けたんです。当時流行っていたのは、イームズとか北欧とかの家具で、僕もそういう物をおしゃれで格好いいなと思っていたんですけれど、師匠の持ってきた家具は重厚な日本の拭き漆の一枚板。すごい木目で、おしゃれというよりは完全に次元が違う世界。そこもまた自分の知らない世界だったんですね。木工家としては第一線で活躍されていて、作品の金額とかも全然違うし、作品づくりにかけている時間とか、もちろん技術的にも全然違っていたので、これってどういうことになっているんだろうなって。自分も手で家具をつくる仕事をする上で、もっと技術を高めたいなと思って、師匠の仕事に興味を持ったんです。

ペトロス 日本の古くからあるモノづくりですね。

イメージ:鼎談風景

小山 ちょうど僕が2年生の時に、師匠は学校に求人を出されたんです。弟子は2名いて、1名抜けると1名新たに入れるという体制で、春から新規1名の求人。手を挙げた人は何人かいて、それで面接とか試験とかあって、運よく僕が入れました。

滝本 その時は、たとえば黒田辰秋*3みたいな人とか、古い物とか、外国の人の物とかと比べても、この人がいいなと思ったの?

小山 実際、よくわからなかったんです。黒田辰秋さんの仕事も、日本の古い物づくりも、谷さんたちの伝統工芸的な仕事も知らなかったわけではないけれど、でも馴染みがないですから。そういうものは売ってないし、一般的に見たり触れたりする機会はないですよね。だから、チャンスだったんです。実際に工房に入って触れてみると、工具の数も半端じゃないし、こんなに手をかけてつくっているのかって。学校でやっている木工とは次元が違う世界でしたね。体よりもずっと大きな板がゴロゴロしていて、木の種類もいろいろあって。そういうので家具つくるって、どういう感覚なのかなとか、どういうお客さんがいて、どんなことになっているのかなってすごく興味が湧いたんです。一流って何だ、本物って何なんだって、すごく知りたくなりました。

滝本 なるほどね。

小山 それに弟子を採っている人って、日本ではほとんどいないですから、まず受けるにも受けられない。求人を出してくれているのは奇跡的で、それだって2年に1回、求人が出るか出ないか。やりがいはあるなと思いました。そして、入ってみたら、その世界の仕組みとか、展示会のやり方とか売り方とか、まったく今まで学校で習ってきたこととは違うわけです。学校で習った機械の使い方とか刃物の砥ぎ方とか、そういう基本的な技術はできても、仕事となるとまた全然違う話ですから、一からスタートという感じでしたね。

滝本 弟子時代はどんな感じでしたか?

小山 師匠はすごく古い物が好きで、民藝の思想も大事にしていたから、よく民藝館や美術館に連れて行ってくれました。家具の納品があると、僕も一緒にトラックに乗って行って、納品の前後で美術館やギャラリーに寄って。師匠は家具をつくっていたけれど、工芸全般、デザインやいろんなものを見せてくれました。家具をつくる上で、家具の事を知っていなければいけないのは当然だけど、その上に置く皿だとか、棚の上にしつらえる壺や花瓶、お花のこととか、そういうことも知っていないといけないよと教えてもらいました。だから、弟子時代は、家具だけではない、さまざまなものを見て吸収している状態でしたね。古い本もたくさんあって、「こんなのあるよ」と見せてくれました。僕は写真に撮ってデータ化したりするから、師匠も古い本を次々と引っ張り出してきてくれて。それに、師匠は古い本だけでなく、新しい雑誌もつねに買っていました。インテリア雑誌とか陶芸の本とかも。

小さな一点物をギャラリーで

ペトロス 小山さんは学校や師匠のところで家具を習ってきたわけだけど、今つくっている物は、つくり方から違いますよね。新しい形をつくるために、どうやってやり方とか考え方とかを変えて行ったのですか? 自分の中に何か転機があったのかな?

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小山 家具から自分が今やっているような仕事にチェンジしたというのは、独立してからです。基本的な木工のやり方は、師匠のところで身につけたんですけれど、師匠のテーブルとかは一枚板のもので何百万円とか、金額的に一般の感覚ではないので、お客様も裕福な方が買われます。僕が独立したのはまだ25歳くらいだったので、その時に、そういう材料を買う財力もないですし、売る力もない、お客様もいないわけです。師匠と同じようなものをつくったとしても、それは自分の家具ではないですよね。そうかと言って、もっと安い材料を使うとか、簡略化して手をかけないような仕事はやりたくなかったんです。だったら、手をかけて、小さなものをつくった方が、今までの技術を生かせるなと思いました。

ペトロス その方がいいですね。

小山 あとは、ギャラリーで発表したい、という気持ちがあったんです。そうすると大きな作品は、なかなか展示が難しい。家具作家としてというよりは、木工作家としてやりたかったから、家具にこだわっていたわけでもない。木でつくり出せるものだったらと思って、小さな物にだんだんとなっていきました。そういう物の方がギャラリー側も扱いやすく、個展とか展示会もやりやすいですし、値段も家具よりは安いので。

ペトロス たぶん、家具よりももっとパーソナルな物になってきた感じなのかなと思う。プライベートコレクションのような、自分のスタイルを見せられる物というか。家具を買う時は、もちろん自分のスタイルで買うけれど、インテリアとの関係もあって買う。でも、小さな物を買う時は、もっとプライベートな自分だけの大切な物みたいな感じ。お客様もそのパワーを感じて買うというか。つくる時は、そういうパーソナルな感じでつくっているの?

小山 そうですね。僕は一点物が多いですから、そういう物は家具よりも作品的な感じですよね。家具は作品的な物というよりは道具的な物という感じだと思うんですけれど、僕が家具をやるならば、あんまり作品的になり過ぎないけれど、道具的にもなり過ぎないというところでやりたいんだと思います。そういう自分の個性を家具に出せるようになるには、まだまだ時間が足りてないんです。これからそういうふうなことがまたできるようになればいいなと思いますけれど、今はまだ、自分の作品的な物を小さな物でつくり上げている段階ですね。それが家具に応用できるようになって行ければいいなと。

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滝本 でも、前に家具もつくっていましたよね。

小山 独立した当初は、家具もつくっていたんです。結構シンプルな家具で、李朝の棚を写したようなものとか。それで、その上に置く小物とかもつくりたくなって、それはもうちょっと遊んでいいものというか、個性を出してもいいなと思ってやり始めたんですけれど、結構楽しかったんですね。それまで師匠のところにいて、自分の個性はまずない、自分の入り込む余地はまったくないという仕事をやっていたので、独立して家具をつくってみても、なかなか難しいんですね。自分を出し過ぎると家具っていやらしくなるというか。大きい物だし、まとめるのがすごく難しくて。そうかと言って、個性を出さな過ぎるのもどうかという感じで、ちょっと煮え切らない状態だったんです。それで、自分の小物をつくり始めて、もう少し表現をしてみてもいいなと思うようになって。その頃からちょっとずつ一点物的なもの、蓮弁のお皿とか、ごく薄く削り込んだ器とかを置いたりして、そういう物の見え方を探ったりもして。漆は自分でやるようになって、漆の表現にどんどんはまっていったんです。

ペトロス つくり方も違うでしょう。

小山 つくり方というのは、家具は指物的なんですね。部材と部材を組み合わせて大きくしていく。僕が今やっている仕事というのは、大きな塊から彫り込んでいく「刳り物」というやり方ですから、全然違います。指物は結構直線的な仕事。刳り物は彫刻みたいなものだから、3次元で曲線もいろいろできるし、ちょっとずつ削り込んで探っていくという感じです。刳り物の技法は、独立してから探り探り始めてみたんですけれど、自分に合っているなと思います。より立体的な物とか、薄く削り込んだ物とか、漆の表現もテクスチャーとかいろんなものをつくれるようになってきました。曲線が好きなので、そういう曲線を出すには刳り物の方が出しやすいですし、刳り物にはまっている状態ですね。今の仕事の90%以上は刳り物で、指物はほとんどやっていないです。

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ペトロス 木と対話しながらつくっているんじゃないかな。木の力からどんな形になるのかなとか。

小山 そうですね。木の塊を見て、どういうふうに削り込んでいくかとか、木目はどこにどういうふうに使うかとか、それは一期一会じゃないけれど、そのものと対峙しながら決めて行きます。たとえば、板の幅がこれだけあったら、これを最大限に、板を生かす作品に仕上げる。木ありきで今はつくっていますね。その木目の見方とか、木の選び方、取り方というのは、師匠がすごくそこにこだわる人だったんですね。日本でも有数の銘木屋さんで仕入れた最高級ランクの木を使っていたので、「いい木」というのは、その頃に叩き込まれたというか。木を見る力は、師匠のところで学んだ経験がすごく大きいです。20歳くらいで、数十万円の板とか切らせてもらっていましたから。

ペトロス すごいですね。

小山 こんな若造に、貴重な板を切らすなんて、師匠も怖かったと思います。もし間違えても替えがきかないですから。その緊張感というのは今でもありますね。失敗したら終わりなので、その頃は切る前に何度も確認していました。師匠は「仕事は急いでやるな」「ちゃんと丁寧にじっくりやって、最終的に仕上がればいい」という人だったんですね。「早く、たくさん」ではなく、「丁寧に」。そういう教えも、自分が作品をつくる上で、一つの物をじっくりいい物に仕上げていくというスタンスに影響していると思います。

「R」にて初個展

滝本 私は、「R」*4に小山君が来てくれるようになったのがきっかけで知り合ったので、もともとは小山くんの作品を全然知らなかったんです。

イメージ:R店内
R店内

小山 僕が珈琲を飲みに来ていました(笑)。Rのお客さんです。

滝本 そうです!

小山 独立してから、東京にはギャラリー巡りとかでよく来ていたんです。いろんな展示会を見るのも好きだし、買うのも好きだし、どういうギャラリーがあるのかいろいろ見たかったので

滝本 それが4年前になりますね。Rがオープンしたのは4年前の9月だから、ここができて割とすぐくらい。小山君はその頃は、ル・べインに作品を置いてもらったり、伊勢丹でグループ展をしたりしていて。私は工芸が大好きで、これまでもいろいろ見てきたんですけれど、Rは喫茶店だけどギャラリーにもなるなという感じではやっていたんです。ただ、ここはいくつかのギャラリーと近いし、積極的にやる感じでもなかったのね。だから、自分がギャラリーをやる時は、ほかとは違う切り口でとか、ほかがやっていない人とか、そういうこともいろいろ考えないといけないと思っていたんです。そんな頃、小山君が2〜3回目くらいに来てくれた時かな、「いい貸ギャラリーとかないですかね?」みたいなことを言ったのね。考えてみても思いつかないし、「じゃあ、ここでやる?」みたいになって、それで小山君の初個展をRですることに決まったんです。

小山 Rでは展示会とかまだやっていなかったし、滝本さんはやるつもりもないと思っていたから、ここでやるなんて考えてもいなかったんです。ただ、滝本さんはいろんなところに見に行かれているから、この業界のことにも詳しいし、どこかいいところを紹介してもらえないかなと思って相談したんです。そうしたらここでやればって言ってもらえて。

滝本 そうそう。そんな感じで、じゃあ1年後にやろうねって決まって。私はその時点で、小山君の作品がとっても好きとか何にもなかったので、まだたくさんは見てなかったからね(笑)。ちょうどその頃、木工の人がいろいろ出て来ていて、刳り物、指物、挽き物とか、いろいろ私の中には木工に対する疑問みたいなものはすごくあったし、そこに漆を塗るってどうなのかとか、漆作家と木工家はどういう関係なのかとか。つまり、木工の人は今、いろんな切り口で面白いんじゃないかという感じはしていたの。だから、まあ、やってみようかなと。と言っても、小山君がひたすら頑張ってくれたんですけれどね。

小山 その初個展には家具も出したんです。大きなダイニングテーブルをつくって持ってきて、その上にお皿とかお盆とかのせて、刳り物の小物中心でしたから、今とあまり変わらないかもしれません。

イメージ:初個展会場(R)
小山剛 個展「刻」2013.10.5 - 10.12 @ R

ペトロス 厨子もありましたね。すごくよかったと思う。

小山 壁に飾るような物、壁掛けの厨子とか、あと指物は箱があったかな。

イメージ:初個展会場(R)
小山剛 個展「刻」2013.10.5 - 10.12 @ R

ペトロス 虫食い穴が開いているような箱とかあったね。

小山 そうそう。それでも、刳り物の方が多かったです。

滝本 私は今もそうですけど、Rを器のギャラリーにはしたくないと思っていたの。その頃、厨子とかは私も買ったりしていて、とにかく使えなくてもいいし、どちらかというと、私自身がもう器とかはいっぱい持っているので(笑)、そうじゃない物という感じの方がよかったんです。だから、小山君のつくるものを見て、「ああこういう子もいるんだ」と感じました。でも、私は初個展をここでやるということが、どれだけすごいことかというのを全然わかってなくて、軽い気持ちでやってしまったんです(笑)。去年、小山君がまたここで個展をやりたいっていうから、あっ、そうなんだ、ここでよかったんだと思って、2年ぶりにまたやったんですね(笑)。だから、何となく彼の成長を見守っている部分もあるし、心配している部分もあります。

小山 初個展の時は、親戚とか身近な人も来てくれるし、独立してから5年くらい経っていたので、その間に知り合いも増えていて、そういった方々が駆けつけてくれました。2回目はもうご祝儀はないので(笑)、ホントに見たいという人たちが来てくれましたね。初個展から2回目の間にも、個展やグループ展をいくつかやっていて、松本クラフトフェアにも出したり、あと海外でもやったりと、初個展をきっかけに、次々と展覧会につながっていったというか、できるようになってきたんですね。自分の中で、一つやってみたことで区切りがついたというか自信がついたというか。個展が出来るようになって、ちょっと気が楽になった部分もあるのかもしれません。初個展は僕の中では結構重要だったので、どこでやるかというのはどこでもではダメだったんです。滝本さんは軽い気持ちだったらしいけれど(笑)。

滝本 でもね、ここはいわゆる陶芸ギャラリーとかではないし、結果的には結構よかったんじゃないかという気はしているの。

小山 僕は個展する前から滝本さんにそういうふうに言っていたんですけどね(笑)。僕はRでやるのはすごくいいと思っているって。意外性というか、ギャラリーではないし、喫茶店だけど面白い展示をやるというような立ち位置が、すごくいいなって。

ペトロス 私はそのRでの初個展で、初めて小山さんの作品を見たんです。

小山 そうそう、初個展にペトロスさんが来てくれて、そこで初めて会えたんです。僕は自分の個展の準備もあったし、「プラグマタ」*5にはまだ行ったことなかったんだけれど、その前からフェイスブックとかで、ギリシャ人がやっている新しい変なギャラリーができたぞって、ペトロスさんのことは噂になっていて(笑)。この業界の中ではすぐに知れ渡ったというか注目されていましたね。

滝本 私とペトロスはギャラリーを始める前からの知り合いなので。

ペトロス あの頃、プラグマタではまだ個展をやっていなくて、最初は私の好きな物を見せたいと思ってギャラリーを始めたから、常設ばかりだった。

滝本 そう。ショップカードしか持ってなかったよね。

ペトロス 自分で面白い物探す、見に行く!という感じでした。

小山 ちょうど僕の初個展と同時期に、ギャラリーウチウミさんでは安永正臣さんの陶芸展をされていたんですね。ペトロスさんも安永さんの所を見て、僕の所にも来てくれた。僕は安永さんのこと知らなくて、自分も会期中だったから見に行けなかったけれど、同世代で新しい人が出て来たなという気がしていて、滝本さんも面白そうだから見たいって話していたのを覚えています。そういう陶芸というよりアート寄りの器、オブジェみたいなものをつくる若い人が出始めていたという時期でもあったかもしれないですね。

コア感覚のギャラリーで

ペトロス 僕の小山さんの作品の第一印象は、すごく素敵で、見たことない感じだなと思いました。僕はいろいろなギャラリーを見るけれど、あまり木工の展示はなくて、日本は木工作家が少なかったのかなと思います。日本の今のカルチャーは新しい物がメインで、自分たちの古いカルチャーを忘れている感じがするんだけど、小山さんの物を見て、ああ、すごいなあと。もともと外国人から日本を見る時は、だいたい昔の日本を見ているんですね。その昔の日本の良さを持っていながら新しくできているところが、小山さんはいいなあと思いました。そういう古いカルチャーが新しくなった感じというのは、小山さんが初めてだった気がします。それと、私ももともとオブジェが好きで、使うものよりディスプレイとか、自分のスタイルでしつらえるとかがメインなので、その感覚が好きだったんですね。小山さんのつくる物は、木と対話があるようで、虫が食べた感じとか、穴開いた感じとか、木の木目とか生かし方がうまいですね。

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小山 ペトロスさんもそうだけど、一点物とかオブジェとか、より個性的なものを扱うギャラリーが新しくできてきたし、お客様の方も器しか今まで買わなかった人たちが、小さなオブジェを買うようになってきました。工芸から発するオブジェですけれど。作家もギャラリーも買う人も、そういう新しい流れができ始めて、注目されるようになってきた時期というか。もちろんそれまでもそういうギャラリーはあったわけですけれど、より広く裾野が広がってきたのかな。と言ってもまだ狭いんですけどね…(笑)。

滝本 地方にも新しい感覚のギャラリーが増えましたよね。

小山 自分好みの物を扱う店ができてきて、誰でも入れるお店ではあるけれど、よりコアなファンが入るというか。カフェとかもそうですよね。スターバックスなら気兼ねなく誰でも入るけど、Rの珈琲は誰でも入って飲めるのに誰でも入るわけではない。Rの世界観が好きだとか、滝本さんが好きだとか、あそこの空気感が好きで珈琲が飲みたいお茶がしたいというようなコアな空気感を求める人たちが訪れる。プラグマタもペトロスさんのセンスを信じて、どんな展示をやっているのかなとか、新しい企画は何かなとか、ペトロスさんの世界観を見たい人たちが多いんじゃないですか。

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ペトロス 今までのギャラリーはスペース化しているというか、作家に貸している感じでやっているというか、まあ、いろいろだろうけれど。最近は、ギャラリーの人も自分のテイストやスタイルを見せたいとか、作家とギャラリーが一緒に、何か雰囲気とかスタイルをつくる、というのは始まっていると思いますね。

滝本 ここにもある?

ペトロス ない! それは冗談(笑)。こことか、うつわノート、アウトバウンド…。若い人たちが自分のスタイルをわかっているから、これからどんどんそうなる気がします。

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小山 ペトロスさんも滝本さんも作家的ですよね。作家的ギャラリー、作家的喫茶店。自分の個性をちゃんと持った空間。二人とは好きな物が似ていたり、コアな話も通じ合うので、僕のつくる物とも合うというか。

滝本 彼はそこら辺がすごいんだけれども、実はすごく心配な部分でもあって。自分の立ち位置とか、世の中の流れとか、こういうふうな方向に行きたいとかいうことに、すごく敏感。話していて楽しいし、話はいつも尽きない。ただ、本当につくることは上手なので、たとえば何かをこういう方向じゃない方につくろうと思っていると、それが本当にできちゃう。そこら辺がいい方に働く時と、狙いみたいな時とあって、何となく心配になる時はあります。でも、それは彼が若いから今心配しているんだけれど、たぶんもう少し時間経てばそんなことはなくなるんだろうなとは思うんです。反対に手を抜くことを覚えたら、また違うかもしれないし。私は楽しみに見ているし、監視もしているよという感じです。

小山 個展する以前と今ではいろんなことが変わっています。技術的な面では成長しているし、その見せ方とかも、空間の展示でお客様にどういうふうに見えるかとか、いろいろなことが考えられるようになったんです。自分がどういうふうに進んで行きたいかとか、それに向けて新しい物をつくり出して行くのも、だんだんと表現が広がってくるので、ちょっとずつですけれど、いろんなことができるようになってきました。でも、全然まだまだだと思っていて、やっぱり技術はもっと磨きたいし、表現もいろいろやりたいんです。だから今は、引出しをいっぱいつくりたい時期で、滝本さんはできちゃうとか言ってくれますけれど、僕自身は実は器用ではなくて不器用だと思っているんです。

滝本 何ていうのかな、引出しを開けて、それがとっちらかってもいいような気がするんだけれど、そこがまとめられちゃうのよね。

小山 そんなこともないんだけどなあ(苦笑)。

滝本 ディレクター的なんですね。そこら辺のセンスがたぶんすごくあるんだろうと思います。それが別に悪いことではないんだけれども、ちょっと気になる時があって。具体的にどこかというとわからないんだけれど、ペトロスはわかります?

ペトロス う〜ん、若いからかな。早目に自分を見せたい、広めたい、有名になりたいとかある?

小山 まだ全然足りないと思っているから、常に新しい物をつくり続けていきたい。同じ黒色でもいろんな黒を深めて行きたいし、漆にしてもいろんな漆の表情をやりたい。同じはつり方でももっと魅力的なはつりができるようになりたいって。そういう技術的な表現力としての深め方もしたいし、アイテムもいまある形よりも魅力的に、同じ円でももっと魅力的な円をつくり出したいとか、そういう気持ちはありますね。だから今はすごくやりたいっていう時期なんです (笑)。欲張りでいろいろなものがやりたいから、全然できてないし、まとめきれないんですけれど、そこがもしかしたら、滝本さんにはそういうふうに映るのかもしれないですし、危ういは危ういんです。でも、自分は完成されていないから、もっと魅力的な仕事ができると思っていて、とにかくいろいろやりたいんです。

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滝本 可能性はこれからどんどん広がっていくんじゃないかな。

自分の目を信じて

小山 今は個展を開く時は、一点物とかオブジェを求められることが多いので、僕がやりたい方向性と、僕の展示を行いたいと言ってくれるギャラリーがマッチングしてきている気がします。相手も自分がやりたい物を好きでいてくれたり、自由にさせてもらえる環境は徐々に整ってきているし、自分自身どういうふうにやりたいかというのも、だんだんと見え始めてきた時期でもあって。そこがうまくかみ合って来ているので、これからもうちょっとやりたいことができるようになっていくかなっていう状況です。相手も世界観がはっきりしていたり、お互いに好きだと思えたり、そういう感覚が今は大事です。

ペトロス たぶん日本は今まで同じもの好き、同じスタイルが好きという人が多かったと思う。最近、若い人がどんどん自分のキャラクターとか自分のスタイルがわかってきて、自分らしい生活をつくりたいと思っているんじゃないかな。

小山 より幅広い目を持った消費者というのも増えて来ているし、たとえば若い人は木工家の大御所とか、陶芸家の大御所とか知らないから、ただ格好いいと思って見に来たとか、こういう世界があるんだとか、ファッション的にビジュアルでスッと入って来てくれる人もいます。僕のお客様としてはクリエーターとか、ものづくりの人が圧倒的に多いです。

滝本 自分の洋服を選ぶのとあまり変わらない感覚で、こういう物を選んでいきますよね。

小山 3人とも古物が好きですけれど、それを選ぶのと新しい物を選ぶのと垣根はあまりないですよね。古い物と新しい物の垣根も、衣食住の垣根もなくなってきて、すべてフラットになってきているという感じはします。そういう人たちの中で、クリエーターの人たちはより敏感なので今のお客様には多いですけれど、これからもっといろんな人が増えて来るかなと思います。ペトロスさんのお店はどうですか?

ペトロス もともとそういうギャラリーをつくりたくて、私はオブジェがメインですから、そういう生活をしている人たちが本当に見たいと思って来てくれます。雑誌を見て、同じようなものをいいと言うのではなくて、自分の中から自分のスタイルを探していくのがいいと思います。若い人に増えていますね。たぶん、スローライフスタイルとか、オーガニックコットンとか、自然の服とか増えて、ちょっと違うライフスタイルが始まったからだと思います。今までテクノロジーを優先し過ぎていたから、こっちの方が面白いと。お客様といろいろ話して、向こうから教えてくれることもあるし、私も伝えられることがあるし、そういうふうにつくっていく方が面白いですね。

イメージ:pragmata
pragmata店内

小山 二人はアパレル出身ですよね。ペトロスさんはコムデギャルソンだし、滝本さんは今も「ユーモレスク」という服のブランドをやっています。二人とも料理上手で、トータル的に見る目を持っていて、工芸を見ているだけじゃない人たちがこういうギャラリーをやっているのは、すごく面白いなと思います。

ペトロス 私は作家の作品をそのまま置いておくのではなくて、物を選んで、その作家のスタイルや雰囲気が私の中でどんなふうになっているかを見せたいんです。ちょっとコラボレーションというか、この作家をプラグマタのスタイルで見せたい。だから、同じ作家でもプラグマタで展示をすると、ほかと違う雰囲気やスタイルに見えるとか、そういうのが面白いんです。私自身が面白くなるためであって、ほかの人も面白いと言ってくれたらとても嬉しいですね。

小山 表現者ですよね。

ペトロス お客様から「これ売り物ですか?」ってよく聞かれますね(笑)。インスタレーションとか、ディスプレイみたいだから。

小山 ペトロスさんのDMも毎回面白いし、作品だけじゃないんですよね。いつもDMは何個つくるんですか?

ペトロス 450個、すべて手づくり。かなり前から早目につくっちゃうから、年内の企画分は春の内に全部つくり終わりました。作家にテーマとか何も言わないので、先につくれるんです。テーマは秘密というか、作家に言ってしまったら、作品をテーマに合わせてくるかもしれない。それは好きじゃない。私の中の作家のイメージでテーマを決めているだけだから、そのまま作家の作品がほしいんです。だからテーマは自分で決めるし、相手にも言わない。このやり方で、いつか誰か怒るかなと、「自分のイメージってそれですか?」と言われるかなと思っていたんだけれど、今のところどの作家さんも「好き」と言ってくれたり、喜んでくれたりしているのでよかったです。

小山 プラグマタは完全に今までにないギャラリー。新種です(笑)。ペトロスさんも滝本さんも面白いことをやっているから、僕も刺激を求めに行くし、そういう新しい物を見つける力というか目を持った二人に、自分が気に入ってつくっているオブジェみたいなものをいいと言ってもらえるのは、すごく心強いです。やっぱりオブジェとか一点物というのは、自分の中でも新しい形を探っていくものだから、確証はないじゃないですか。それを出してみてどういう反応があるかというのは、蓋を開けて見ないとわからない。そういう時に、二人に感想を言ってもらえたりするのは有難いですね。

ペトロス 相手にこたえてつくるのではなくて、自分の中から自分がつくりたいものを出す、自分の力やスタイルを見せたいというのがいちばんでしょう。それを、お客様はいいと感じて買物すると思う。お客様の考えを気にしていたら、ちょっと変なものになってしまうんじゃない。

小山 そうですね。だから、二人の目からみていいと言ってもらえるものをつくるわけではなくて、自分がつくり出したものに共感してもらえると嬉しいということです。もっと自分が好きと思うものを大切に突き詰めていきたいですし、それでいいんじゃないかなと。ペトロスさんや滝本さんも自分の好きというものを表現したりしているわけだから。作家もお客様もいろんなものを探している人はいるだろうし、今までの概念にとらわれない使い手や伝い手の人、自分の直感で選ぶ人たちに支えらていますので、もっともっと自分の目を信じるというか、そうやって表現していければと思っています。

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ペトロス ぜひそうしてください。

小山 ペトロスさんには展示会をしないかと声をかけてもらっていて、でもなかなかタイミング合わなくて。僕が引越しを予定しているので、まだ少し先になりそうですけれど楽しみにしています。

ペトロス 今も常設は少しあります(笑)。

小山 お二人の今後の活動も、僕はファンとして、消費者として、もっといろいろ教えていただきたいと思っています。

滝本・
ペトロス
お互いに頑張りましょう(笑)

*1 オークヴィレッジ:
1974年、稲本正さんを中心に始まった岐阜県高山の家具工房。1976年、拠点を現在地に移し、工芸村「オークヴィレッジ」がスタート。環境共生を目指し、1981年、NPO法人「ドングリの会」を発足、広葉樹を植樹するなど育林活動にも取り組む。

*2 谷進一郎 たにしんいちろう:
木工家。1947年、東京生まれ。武蔵野美術大学で家具デザインを学んだ後、松本にて木工修業。1973年、工房開設。1975年、小諸に移転。

*3 黒田辰秋 くろだたつあき:
漆芸家、木工家。1904年、京都生まれ。1927年、柳宗悦らの民藝運動に共鳴し、上賀茂民藝教団を設立、1929年に解散。1970年、重要無形文化財(人間国宝)に。1982年、死去。

*4 「R」:
2011年、滝本玲子さんが西麻布にオープンした喫茶店。企画展も行う。
http://merge.co.jp/

*5 プラグマタ:
2013年、ペトロスさんが八丁堀にオープンしたギャラリー。
http://www.pragmata-gallery.com/