パノラマ座談会「古い焼きものに想いを寄せて」 前編 3/4 森 由美 (陶磁研究家、戸栗美術館・学芸顧問) × 浜野マユミ (陶芸家) × 吉永サダム (陶芸家) × 矢野直人 (陶芸家)
古唐津の土づくりにヒントを得て
吉永 矢野君とはこれまで窯焚きしながらいろんな話をしてきたんです。僕から見たら、唐津で頑張っている仲間は、土への執着がすごい。焼きもありますけれど、素材へのこだわりというのをビシビシ感じたんです。そこが自分には足らないなとも。産地である有田、伊万里で、そこまで本気で土を見てつくっていくというのはあまり聞かないし、これはやりがいがありそうで、話を聞けば聞くほど自分もできそうな気になるんですね。冷静に考えてみても、工業製品的ではなく、自然の力をちゃんと引き出していくやり方をすれば、土味のある磁器の粘土にできるはずというか、昔の人はやっているわけですから。そこの想いで、先人たちがこうしたんじゃないかな、ああしたんじゃないかなというのを想像しながら、今回、泉山の土でやってみたら何とか形になり出した。
矢野 たぶん僕ら世代というのは、もう一歩先の古いものを見ることができるのかもしれません。昭和に入って、焼きもので食べていけるようになって、桃山復興みたいなのが基本になってきて、その時代があっての自分たちでもあるけれど、そこからもしかしたらこっちじゃないのと言える世代でもある。それはあくまで勉強の意味で、これまでのことが違うとか言うことではないし、そこをもう一歩深くやる意味があると思うし、そういうことをよく吉永さんに話しましたね。有田はいいじゃないですか。誰も白磁でそこをやってないですよとかって(笑)。
浜野 その話を聞いて、今までつくっていてどうしてできないんだろうと思っていた部分が、私にもできるんじゃないかと思えたんです。
矢野 たぶん3人とも、現代の常識に洗脳されているんです。400年前の先生がいるわけではなくて、今の常識で習ってきたから。でもその常識を取り払って、自分の目で勉強するということをやり始めたんです。これまで教わったことを間違っていると言っているわけではなくて、たとえば今の教科書でも昔の年号が訂正されたりとか、新しく発見されたりとかで変わることってありますよね。それは焼きもの界でもたぶんあって、昭和に築き上げられた研究ではまだわからなかったことがわかったりする。だからもう一度深く、自分でそうすることで、新しく見えてきたり、先人の足跡が感じられたり、見つけ出したりすることがあって、そこが楽しくもあり、焼きものをやっている意味を感じられるんです。
森 浜野さんが先ほどおっしゃっていた、今までできなかったことがこうすればできるかもと思ってやってみたというのは、糸切成形においてですか。
浜野 はい。たとえ原料は一緒でも、糸切成形を今の粘土でつくると違和感があるし、現れる現象も昔の物とは少し違う。それに、轆轤では挽けない土でもつくれるのかもしれないし、成形方法が違うと全然違うので。
矢野 たとえば昔の人は複雑な形の皿を、どうやって難しい泉山の土でつくったのか、そこを考えたら、糸切成形は効率いい方法ということになりませんか。使いにくい土でも、轆轤ではなく糸切成形だからできるみたいなことがあるんじゃないかと僕は思うんですけど。
浜野 それはありますね。
矢野 天草の土でつくり出す前は、当時は泉山が最先端だったわけで、もしかしたら無茶苦茶いいよね、この方法ってことだったのかもしれない。
森 具体的に言うと、今まで使っていた土だったら、こんなに薄く糸切成形できなかったのが、たとえば土のつくり方から考え直してみたらできたということになりますか。
浜野 はい、薄さもですが、昔の糸切の独特な手取りの軽さが、随分と再現できるようになったと思います。成形方法も進展がありました。窯業大学校で、今は授業で糸切成形をするようになっていて、そこから教えてもらったヒントもあります。
吉永 轆轤型打成形*9というのは、昔からずっと伝統的に続いていますけれど、糸切成形はなぜか途絶えてしまった技術ですよね。
森 そうですね。窯業大学校のように職人さんとかつくり手の方が教えてくれる場でも、その職人さんたちすら持っていない技ということになりますよね。それが最近になって授業に取り入れられたりする中で、糸切成形の技術にも進化があったということですか。職人さんたちもだんだんと技をマスターされて教えられるようになったとか?
浜野 糸切成形でつくられている方は、有田付近ではほとんどいらっしゃらないようですが、窯業大学校の先生が、産地ならではの考え方でつくり方を研究されていました。
吉永 さまざまな成形法の中の一つとして、糸切成形もあるということを、授業でちょっと触れるようになったという段階です。それも浜野さんが卒業制作で糸切成形を取り上げたからなんですけれど、そうかと言って糸切成形を自分の武器としている作家となるとなかなか出て来ません。
この美術館の2階に展示されている所蔵品も、糸切成形でつくられたものって結構な率であるじゃないですか。年代的には限られているかもしれないけれど。現代では希少な成形技術ですね。
森 そもそも浜野さんは、なぜ糸切成形に興味をお持ちになったのですか。
浜野 佐賀県立九州陶磁文化館に柴田夫妻コレクション*10という江戸時代の有田磁器のコレクションがありまして、そこのものを触りたいと先生にお願いしたら、授業で触らせてもらえることになって、そこで初めて本物に触ったんですね。その時、すごく触感に感動して、今のものとは確実に違うと思いました。これがやりたい、そのやり方を知りたいと言ったら、誰もやっている人がいなくてもうできないと言われたんです。それなら卒業制作にはこれがいいなと思って、調べ始めたら、町中どこを調べても誰も何もわからなくて、まずできないと言われました。美術館で型を探したりとか、資料が集まっている場所へ行ってゴソゴソ探しても何も出てこない。それで柿右衛門さんのところで聞いたり見せてもらったり、型打ちを参考にしたりして、でも違うなということがずっとでした。そこから少しずつ少しずつ探って行って、今回のようなものになりました。
森 つまり、糸切成形のテクニックは、ほかでもない浜野さんの中で進化しているんですね。
浜野 そうですね。ヒントは皆さんが教えてくれるので、町の中のいろんな方に聞きながら、ひらめきのヒントをもらいながら、どうしたら近づくかと、古いものを見比べながらの作陶です。
矢野 自分は唐津ですけど、そういう浜野さんの姿勢とか行動に刺激を受けるし、自分でも古いもののやり方でどうすればいいかわからないことはたくさんあるんですけれど、浜野さんたちと話をしていると、さらに自分の想いを強く持てるというか、大きな原動力になっています。
浜野マユミ作品展
「戸栗美術館 1階やきもの展示室」にて、浜野マユミ氏による作品展を開催致します。
古伊万里の伝統技法を用いて、日本の四季を表現した小皿・猪口などを展示。
制作に用いた道具類もご紹介します。
企画展「小さな伊万里焼展 ―小皿・猪口・向付―」とあわせてお楽しみくださいませ。
財団法人 戸栗美術館[東京渋谷・陶磁器美術館]
〒150-0046 東京都渋谷区松濤1-11-3
tel. 03-3465-0070
http://www.toguri-museum.or.jp
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