Report / 館・游彩 YAKATA YUSAI update : 2012.05
「自由」に作品表現をするアーティストに、あえて「制約」を与える。館・游彩をつくるにあたり、主の矢崎孝子さんが作家達に依頼した作品のテーマは、「生活の用を満たしながら、作品として存在するもの」であった。金属、木工、漆、ガラス、アクリル、土、紙……。あらゆる素材を扱う作家達がこのテーマのもとに集い、アートとして存在する住空間として創りあげたのが館・游彩である。
Text:峯岸弓子 Photo:大隅圭介
矢崎さんが館・游彩の構想を思い立ったのは一昨年の夏。その年、矢崎さんは新橋に構えていた器のギャラリー陶彩を、15年の節目を機にクローズ。同時に、それまで心中で温め続けてきた計画を実現すべく新たなスタートを切った。そこに至るまでの想い、游彩で試みた新たな計画について伺ってみると……。
「作家達がつくるオブジェと、買い手側のニーズには距離があります。たとえば、ギャラリーのような打ちっぱなしの壁を背に置けば格好いいけど、同じ作品を自宅に置いたらどう見えるのか。作家達にはオブジェとしての作品性を保ちつつ、実際の住空間にフィットする作品に挑戦して欲しい。游彩という館は、作家達がアートを住まいに取り入れるための試みの場、つまり"実験ハウス"でもあるのです」
住空間に取り入れたアート……。その試みは、游彩のいたるところで見ることができる。たとえば、"華麗なるトイレ"と題された空間。洗面台横のパーテーションはアクリル素材を使った加藤亮さんの作品だ。パーテーションを構成する、床から天井まで積み重ねたアクリルブロックの数は8つ。1つのブロックは2㎝ごとに硬化させながら積層してつくられたもので、アクリル樹脂の中に大小の鉄鉱石が散りばめてある。鈍い光を放つ鉄鉱石の大小は宇宙空間に散りばめた星屑のようでもあり、透明かつ濃密なアクリルの海を静かに漂う。
この"華麗なるトイレ"は、他にも多くの作家作品で構成されている。クラゲの足のようなシャンデリアとジルコニアを埋め込んだ洗面ボール、イチョウの型押しを施した床のタイルは、磁器作家の森野彰人さんの作品だ。それぞれの作品は暮らしの「用」を満たしながら、アートとして見事な存在感を放つ。
玄関へ向かうアプローチでふと足下に目をやると、飛び石がパート・ド・ヴェールガラスで出来ているのに気付く。これはガラス作家・加藤尚子さんの作品。さらに玄関ドアを開けると、目の前には紺碧の水が渦巻く方丈の庭が出現する。ラピスラズリブルーのタイルを敷きつめた川口淳さんの作品「光庭 水盤」だ。游彩の館内をさまよい歩くと、あらゆる空間にアートが存在していることに気付く。中でも異彩を放つのが中2階にある和室の存在だ。
金属造形作家、佐藤忠さんの流れるような金属の手すりにいざなわれて中2階の和室へ。足を踏み入れた途端、おそらく多くの人は息をのむ。和室の壁は全て黒箔。辺りの色や音さえも内包して鈍色の光を放っている。静謐でありながら圧倒的な存在感。この黒箔の壁は、へぎ作家であり漆芸家でもある工藤茂喜さんの手によるもの。黒箔とは銀箔を酸化させたもので、下地には黒漆が施されている。その工程は壁面の下地づくりに始まり、生漆を全体に塗る木地固め、手漉き和紙で表情をつける紙貼り、紙肌をヤスリで空研ぎした後に生漆を塗る紙肌固め、下地の最終工程となる黒漆塗と続き、ようやく黒箔が貼られる。漆塗りは温度と湿度を保つ必要があるため、通常の漆器づくりの場合は漆風呂と呼ばれる乾燥用の箱が必要になる。今回は和室の壁全体を漆塗りするため、部屋を丸ごとビニールシートで密閉して作業を行ったそうだ。和室の天井はアルミの粉を漉き込んだ越前和紙。天窓から差し込む光を和紙がやわらげ、移ろいゆく時を黒箔の壁に刻む。また、炭化した古木のように見える床柱は金属作家・留守玲さんの作品。小さな鉄のピースを繋ぎ合わせてつくられた鉄の床柱は、金属とは思えないほど豊かな表情をもつ。
越前和紙の天井から奥へと目を移す。茶室でいえば点前座の上には、工藤さんの作品である黒漆のへぎ天井が設えてある。"へぎ"とは、木目に沿って木を割り裂く木工技法のことで、茶室などで見かける網代天井は薄く裂いたへぎ板を格子状に編みあげたものだ。ただし、工藤さんのへぎ天井の場合は編んであるのではなく、割り裂いたへぎ板を正方形に切り分けて互い違いに並べ黒錆漆を施したもの。拭き漆を施したへぎ板の天井には、ヒノキの美しい導管がつややかに浮かび上がっている。
墨一色、「静」のイメージを伴う室内と対照的なのが、金・銀の金唐紙を施した和室の外壁。金唐紙とは、明治の頃に日本へ伝えられたヨーロッパの工芸。型押しした革に金銀の彩色を施したもので、宮殿の壁や天井に使われていた壁紙の技法なのだそう。日本では革を和紙に置き換えて造幣局で製造が始まり、鹿鳴館などの洋館建築に使われたそうだ。和室の外壁に使われた金唐紙は、現在その技術を唯一継承している金唐紙研究所の上田尚氏の協力を得て、氏の愛弟子である池田和広さんの手で制作されたという。そして、華やかな金唐紙の印象をグッと引き締めているのが細やかな細工を施した引手金具。彫金作家、秋濱克大さんの作品である。
現代アート的な要素を盛り込んだ"華麗なるトイレ"に対して、和室の設えは現代に蘇るモダンな伝統工芸といった趣向が見られる。その思惑を尋ねると……。
「たとえば、かつては"漆=ジャパン"とさえいわれた漆碗などの伝統工芸が、安価な中国に取って換わられる時代になりつつあります。伝統工芸を絶やさないためにも、モダンなデザインで今の私たちの暮らしに取り入れる方法を提案したい。もちろん、私一人の力ではどうにもなりません。それでも、やらないよりはマシでしょう?」
矢崎さんは朗らかに笑ってそう答えた。館・游彩は空間そのものが作品であるが、今後は作家作品の個展も開かれる予定だ。
「個展期間中は作家に館を譲り渡す気持でいます。和室やトイレはもちろん、住空間に作品をどう取り込むのか、そういう提案も見せて欲しい。DMから展示まで全ては作家の技量次第です」
と、矢崎さん。作家にとってはプレッシャーを感じるスタイルだが、来場者にとっては見応えのある展覧会となるだろう。今後は展覧会の情報にも注目してみたい。
館・游彩
http://yakatayusai.com
03-6459-3155
東京都品川区上大崎2-4-17
11:00—18:30 水曜・祝日休
JR目黒駅より徒歩6分
加藤委個展
2012年6/4(月)~6/22(金)