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苔むさない生き方、描き方

Interview 升 たか「苔むさない生き方、描き方」 後編 3/4

聞き手:広瀬一郎さん(「桃居」オーナー) / 文・構成:竹内典子 / Jul. 2014

バリの個展でやってみたかったこと

広瀬 バリでのお仕事は、どのような経緯だったのですか。

たまたま友達がバリに家を建てて、ちょっと遊びに来ないかとか、こういうメーカーがあるから覗いてみないかとか、そういう誘いがあったのです。それで昨年1月、作品の写真データを入れたアイパッドだけを持ってバリへ行き、たまたまバリではいちばん大きい製陶メーカーのオーナーに写真を見せる機会があって、僕の作品を気に入ってくれたことから、個展を開くという話になったんです。それで昨年11月に再びバリへ行って、日本でつくったもの半分、現地に1ヵ月滞在してそこの設備でつくったもの半分を合わせて展覧会をやりました。

バリ滞在時のイメージ画像 バリ滞在時のイメージ画像

広瀬 升さんが日本で発表されてきたものは、どちらかというとサイズ的には小さいもので、そこにものすごく稠密な世界が展開されるという仕事でしたけれど、バリでは大皿や大鉢にも描かれたそうですね。それは、製陶工場に腕のいい職人さんがいて、その人たちが大皿や陶のオブジェみたいなものをつくり、升さんがそこに絵付けをするというものだったのですか。

そうです。そこにある生地に描くわけですが、サイズも大きい、自分の形ではない、というものがたくさん用意されていて、そこからチョイスしていくというやり方でした。あまり時間がなくて、オリジナルの形をつくるところからはやれなかったのです。

広瀬 それはある意味で挑戦ですよね。大きなサイズのものと向かい合うというのは、今までとは全く違う対象というか、新しい発見や面白さもあったのではないですか。

バリ滞在時のイメージ画像 バリ滞在時のイメージ画像

会場がホールみたいに広いところだったので、小さい物だけでは空間的に持たないし、大きい物も必要だったんです。それと、やったことのないことをやらないと意味がないですからね。バリでは大鉢とか、そういうものをできるだけ選んで描いて、スリリングだし、違うリズムが生まれますから、それは楽しかったです。

広瀬 絵のモチーフもいままでとは全く違うものですか。

日本から持って行ったものはいままでのモチーフですけれど、バリでつくったものは、そこで発生する自分のモチーフというものがどうしてもほしくなりますよね。それをどう現地の人々が感じるかということは、すごく楽しみでしたから。やはり東南アジアは、とくにバリは、バティックとかイカットとかそういうものがふんだんにあるでしょう。

広瀬 バリでインスパイアされて出てきた紋様が、しかもそれが大皿とか大鉢とか、大きな画面に絵付けられていったのですね。

そういう絵付けの焼き物はバリにはないし、紋様ならそれだろうなと最初から思っていました。それをどう器の紋様として馴染ませて、いかにもここにあるべき紋様として見せられるか、というのがまずはやってみたかったことで、それを短い期間の中でできるだけやってみました。

広瀬 手応えはいかがでしたか。

彼らにとっては新鮮なのでしょうね。焼き物をやっていない人、たとえばその製陶工場のドアマンにしても、すごく感動するわけです。焼き物に興味はないけれども、自分がどこかで見たことのある紋様があるから。たとえばバリのヒンズーの紋様や、あるいはイスラムの紋様など、彼らは宗教が生活の中心になっているので、日頃の生活の中で感じている紋様があるんですね。それが器のどこかに表現されていると感じ取るわけです。おそらく日本人だってそうだと思います。仏教をふだん意識していないけれど、仏教の紋様が器に描いてあれば、ちょっと仏教的だなと感じるのではないですか。

広瀬 そのことを異国の人がやっているという面白さもあるでしょうね。ヒンズーやイスラムの紋様をこんなふうにトランスフォームして器の中に落とし込んでいるというのは。バリの人だったらこうはできないよというような。

作品イメージ画像

それはあったと思います。だからこそ、外国人が日本に来て、変に日本的な要素をちょこちょこっと描いて面白い、というようなレベルになってはまずいと思ったんです。それはよくあることだから。そうなるのが一番気を付けなければいけなかったことで、いかにも日本人だなというのではなく、普通にこの国に暮らしている人間が描いていることのようにやる、成り切るということが大事で、それには紋様にすごく注意しました。たとえば宗教的なコントラストはかなり強いですから、イスラムとヒンズーをごっちゃにはできない。紋様としては面白いけれど、ごっちゃ混ぜにして勘違いしているみたいなことは絶対に避けなければいけないことです。

広瀬 なるほど。

興味のない人にも楽しんでもらう

日本と違って焼き物好きという人が少ない国ですから、そういう人たちがどう反応するかというのは、やってみて楽しかったことです。日本人の器への反応とはまた違う手応えを感じました。売上げにどうつながるかも大事なことだけれど、やはり焼き物をふだん楽しんでいない人たちが、僕の仕事を見て楽しんだり、大袈裟に言うと感動してくれたり、賞賛してくれたので、そういう意味では面白いことはいっぱいできると思いました。紋様の宝庫みたいなところですから、まだまだいろんなことができるだろうと。ビジネスだけを考えればまた違う話になってしまうけれども。

広瀬 実際にそこで仕事をしていくという段階になると、やはり難しいですか。

バリは厳しいと思います。具体的にいうと、マテリアルがないのです。つまり、白い土がまずない。タイやベトナムみたいに焼き物の生産国ではないから、すべての材料や道具を一から用意しなければならないということです。流通もすごく限られたルートです。

広瀬 バリで使っている土はどういうものなのですか。

全部輸入で、ブレンドした土を使っています。それもそこだけで流通させているから、絶対によそへは出ないですね。僕はバリの陶器関係はすべてリサーチしましたけれど、ほかのところでもそのルートは絶対に明かさないです。どこからどうやって仕入れているか、誰も教えようとはしない。道具立ては、窯から何からすべてその調子なので、日本なら電話1本でできることがなかなか思うようには行きません。

広瀬 ビジネスとして、向こうで仕事を進めていく上での難しさというのは?

まず一つはマーケットがないです。それはバリに限らず、日本みたいなマーケットはどの国にもないですね。ギャラリーがいっぱいあって、作家がこんなにいて、それが観光用でもなければ、ホテルとかの営業用の食器でもない、普通に暮らしの中で焼き物を愛する人々が消費者になってくれる、そういう国は日本しかないでしょう。ベトナムやタイなどは、ヨーロッパ用の陶磁器をつくって輸出していますから、自国で生産して自国で消費してしまえる国というのは日本くらい。バリの場合、焼き物の需要はすごく限られていて、観光かホテルです。なので、生産のための基本設備をセッティングすることと、マーケットをどれだけ開拓していくかということは、限られた条件の中で非常にシビアな戦いになります。

広瀬 厳しいですね。

工房イメージ画像

僕はじっくりとリサーチしてみましたが、いろんな意味でないものが多い。でも、ないからこそ可能性はある、というふうにも考えられます。マテリアルはないけれども自分なりに解決すればいい。近隣の国にはあるし、あるいはマテリアルのルートを持っている人間を探し出すこともできる。道具も現実的に解決できることでしょう。

広瀬 なるほど。

ただ、バリで観光している人たちを見た時に、彼らが焼き物を買物するとはあまり考えられなかったんです。マーケットとして、観光は期待できないなと。では何かというと、一つはホテルですね。観光でいちばんの収益を上げているのはホテルなので、これからまだまだホテルは出来てくるはずです。ホテルに卸している食器は、あまりクオリティがよくないですから、そこに食い込める仕事があると思います。クオリティを上げるには、マテリアルと人間、この二つの問題を解決し、確実にセンスマネジメントできる優秀な人間がいれば、プロダクトの仕事としてホテルに食い込めるでしょう。ないものをあきらめるのは簡単だけれど、ないからこそできるという逆の発想です。マーケットをどこにセッティングするかによって可能性はあると思います。

広瀬 今後、またバリで仕事することは考えていますか? もし升さんが関わるとしたら、プロダクトの仕事として、プロデューサーかあるいはディレクター的な立場で、スタッフに指示をして、たとえばホテルに納める器のクオリティを上げていく、ということでしょうか。

もしやるならそうですね。でも僕は、どんなに頑張ったとしても目途をつけられるのが、うまく行って3~5年。生意気な言い方だけれど5年を費やしてやるとしたら、僕の最後の仕事としては面白くないのです。それならば自分の物づくりを大事にします。自分の個人的なことでバリやインドネシアに仕事場を見つけられるということはあるかもしれないけれど、ビジネスとしてはちょっと難しいでしょうね。プロダクトの仕事として考えるなら、バリよりも日本の方が面白そうです。