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Interview 木越あい 聞き手:井上典子 文・構成:峯岸弓子

ガラスの水彩画

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木越さんの作品をじっと見ていると、普段は隠されている秘密の扉を開け、その隙間から不思議な世界を覗き見ている気がしてきます。「New song」や過去の作品では、度々、手で顔を覆った人物が指の隙間からその世界を覗き見ていますよね。

木越
覗いていますね(笑)。私自身、万華鏡みたいに、覗き込んで何かを見るのが好きですね。だからかもしれない。ただ、器は本来そうやって眺めるものじゃないし、そういう意図で手にとってくれるとも思えないけれど、もしかしたら、家に持ち帰ってくれた誰かが、そうやって覗き込んでくれるかもしれない……。どこかでそう思ってつくっているのかもしれません。

井上
この器、内側から覗き込んで見るとキレイですね。手前側から向こう側の絵が透けて重なって見えるのも、器ならではの面白さ。不思議な印象ですね。板の作品にはない魅力だと思います。

木越
不思議、と思っていただけるのが一番嬉しいです。器の場合はキャンバスがすごく小さいですから、必然的にかなり絵が細かくなる。それまでは板ガラスの画面いっぱいに表現していた自分の世界を、この小さな器の中にギュッと凝縮した感じなんです。そんなに細かくしなくていいのかもしれないけれど。ついつい、こんな小さな器に絵を彫り込むのに5日間もかけちゃったりして(笑)。

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まずは器の形があって、そこから絵を考えるのですか?

木越
そうです。まず形と色みと色の入り方を見てから、どんな絵を入れるか想像を膨らませていく。だから同じ絵は二つとないです。器自体が手吹きなので形も全部違う。その一つひとつの形と色にあわせて物語を紡いでいく感じです。

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板ガラスの作品の場合はかなり重厚で強いインパクトがある。それに比べると器の場合は透明感が高いせいか、軽やかで華やかな美しさがある。同じモチーフの絵でもまるで違った印象に見えます。

誰かがそうやって、
覗き込んでくれるかもしれない。
どこかでそう思って、
つくっているかもしれません。
工房風景
板ガラスの作品は
重厚な油絵。
器の作品は
透明感のある水彩画。
インタビュー風景

木越
板ガラスの場合はかなり厚みがあるんですが、器の場合はベースも上に被せる色ガラスも、なるべく薄くなるようにつくっています。私の中では、板の作品は油絵のイメージ、器の作品は水彩画のイメージなんです。

井上
なるほど、その通りの印象ですね。

木越
その水彩画のイメージを出すためには、上に被せる色ガラスの厚みがとても重要。薄すぎず、厚すぎず、それでいて2色が理想的に重ねられていること。たとえばこの器の場合、紅茶色のガラスの上に青のガラスを重ねてあります。茶色に青を重ねると、出来上がった器は青にしか見えないんですが、それを彫っていくと下から紅茶色が出てくる。茶色の上に青を重ねた時、上から見て青と茶色が混ざってしまってはだめ。重ねた時に下の茶色を打ち消してくれる青を選んでいるんです。そのため、様々な色ガラスを集めて組み合わせを試行錯誤しています。2色のガラスを重ねることにこだわるのは、削った時に表れる色のグラデーションで表現の幅が拡がるからです。

井上
話は変わりますが、木越さんにとってご自分の作品は、アートと工芸どちらに位置していると思いますか?

木越
難しいですね……。これまではアートだと思ってつくってきました。工芸は、まず素材があって、次に素材による技術があって、その素材に惹かれる作り手と買い手がいる。最初に素材なんだと思う。私の場合、器の作品をつくるようになって初めて、自分がガラスという素材に魅せられてきた理由、使い続けてきた意味に気付いたように思います。そして、作品を手にする人と繋がる喜び、それは工芸の中にあるような気がしています。

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最後に井上さんへ質問です。井上さんは20年にわたって木越あいさんの作品を見続けてきました。いま、器での表現を始めたことに対して、何かメッセージはありますか?

井上
木越さんのサンドブラストの技術、表現力は以前から評価されてきましたけど、立体に表現することで 、作品の魅力がより一層際立ったと思います。それと、小さなものにサンドブラストを施すことにより、表現が繊細になっているのも魅力です。"新しい制作の場を得た"のではないかという気がします。

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本日はありがとうございました。

器をつくるようになって、
ガラスに魅せられた理由、
使い続けてきた意味に、
初めて気付いた気がする…。
インタビュー風景

インタビューを終えて

インタビューの中でも触れているが、木越さんの作品の魅力を再認識したのは1年程前、初めて器の作品を見た時で、光を通した素材の美しさと、独自の絵画表現に強く惹き付けられた。板ガラスの作品の時には感じなかった美しさだった。クリアや単色にサンドブラストを施すのとは異なる、技術的な問題や苦労などは、制作の現場を垣間見るようで、とても興味深いものがあった。

井上典子

女性誌のリビングページ担当編集者としての活動の後、流通業界においてリビング分野の企画・プロデュースの仕事に携わる。2000年4月、作り手と使い手の間を介する(=仲立ちする)場として「ギャラリー介」を渋谷区東にオープン。ガラス、陶、木、金属、布など幅広いジャンルの作家の作品展を開催。2008年6月にギャラリークローズ。2010〜2011年までpanoramaのプロデュースを担当。

木越あい