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Interview 木越あい 聞き手:井上典子 文・構成:峯岸弓子

ガラスの水彩画

つまり、
ガラスに絵を描きたかった。
そういうことかもしれない。
インタビュー風景

井上
先ほども、ガラスを選んだ理由として「色に惹かれたから」とおっしゃったけど、木越さんの作品は色表現の豊かさが特徴の一つでもありますね。

木越
ただ、卒業するまでは、1枚のガラスに多色を被せることは思いついてなかったんです。紫を被せた板、あるいは青を被せた板にそれぞれ絵をつくって、それらを2枚、3枚と重ねることで作品としていました。そうすると厚みがありすぎて、結局は箱に入れて後ろからライトをあてないと見えなくなって…。紙芝居の箱みたいになっちゃった(笑)。大学院に行ってからですね、1枚の板ガラスの表面に色を複数被せて、色の層をつくることにしたのは。

井上
そうして色を重ねた板ガラスをキャンバスに、サンドブラストで絵を描いてきたわけですけれど、木越さんにとってサンドブラストの魅力はどこにあるのですか?

木越
好きか嫌いかといえば、実は嫌いかもしれない(笑)。作業そのものはね。砂まみれで、防塵マスクと眼鏡とゴム手袋での作業ですから。

井上
絵を描くのが好きなのであれば、社会に出てからでもグラフィックの方へ行くこともできた。イラストレーターという道もあったと思います。それでもなお、サンドブラストを続けてきた意味は?

木越
そうなんです。ガラスをやるなら、宙吹きを制作の中心にしても良かったはずなのに。つまり、ガラスに絵を描きたかった。そういうことかもしれない。それに、サンドブラストは自分のペースに合っているんです。宙吹きは私には合わない。チームで瞬間的に物をつくるから。絵を描いたり、編み物をしたり…本来の私は子供の頃とおんなじ。手先を使いながら、ひとりで物をつくるのが好きなんだなあ、って思うんです。卒業後もずっと続けてこられた理由としては、「あなたの作品が欲しい」と、細々でもお話をいただけたから。それに一生懸命応えようとした結果なのかもしれません。

井上
実際には、どういうお話がありましたか?

木越
たとえば、卒業制作を見た建築関係の方から、「嵌め込みのステンドグラスのような、一枚の作品が欲しい」と言われたりしました。他にそういう作品をつくっている人はいませんでしたから。

井上
最近は器を始めましたけど、これまでの作品とはずいぶん印象が変わりましたね。なにかきっかけがあったのですか?

木越
あなたの絵が器にあったらいいんじゃない? と、あるギャラリーの方に言われたのがきっかけでした。それは、見て面白いというだけでなく、普通のお客様にも受け入れられやすい、という意味があったと思います。ああ、これは新たに開発しないといけない、でもやってみようと思ったんです。

井上
開発って、具体的には何をですか?

木越
どんな形の器に、どんな絵を入れるのか、そのために被せる色の量はどうするのか……。その適量がわかるまでに随分時間がかかりました。宙吹きの場合、おしりにポンテ跡※3が残るため色が抜けたりしますが、そこも全部色絵で覆いたい。それもまた、すごく難しかったですね。

あなたの絵が
器にあってもいいと思う。
そう言われたのが、
きっかけでした。
インタビュー風景
インタビュー風景 器では3Dを意識して
絵を表現できる。
板絵では味わえなかった、
幸福感でした。

井上
たとえば、ボディをつくるのは、人に依頼するという方法もあるのでは?

木越
人にも頼んでみましたがやはり難しい。私にとって理想的な色の層の厚みというのは、私自身にしかわからないんですね。納得いく絵を描くには、絵を彫る人間にしか分からない色の厚みがあり、形もまた、絵と連携してます。そのために、ボディを自分でつくりたい。今はまだ、のろまなんですけど(笑)。

井上
これまでの板ガラスと比べて、器というフォルムの作品をどのように感じていますか?

木越
板の作品をつくる時より、3Dを意識できるのが楽しいですね。たとえば、器の手前側から覗いたとき、向こう側の絵まで透けて見える部分を意図的につくっています。二重構造の絵にしたり、オオカミの瞳の中から向うの景色を見たり、というような遊びも出来る。そうやって、多面的につくる幸福感は、板絵では味わえなかったことです。器に描くことで、ガラスを使う意味に改めて気付いた気がします。

※3:ポンテ跡
宙吹きで吹いたガラスの底を仮留めする時にできる跡。

木越あい