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Interview 藤田和
「ガラスに漆で絵を描く、新しくて軽やかな仕事」

藤田和さんは幼い頃から将来の職業は作家と思い定めていたそうで、硝漆(しょうしつ)家という肩書を持っています。すりガラスに漆を塗ると、そこだけ透けることを発見してから、ガラスの表面に漆で絵を描いたり、蒔絵や螺鈿を施したり。漆の素材特性を生かしながら、ガラスに絵を重ね、奥行きのある新しい景色を生み出しています。伝統的な素材や技法を用いているのに、軽やかで愛らしい作品。それらが生まれる背景を伺いました。

「たゆたう」という作品のこと

「たゆたう」という作品は、2020年頃に作り始めました。アートピースから始まって、シリーズにはプレートのほか、盃や茶碗、茶入れなどもあります。

海辺の浅瀬や岩場には、海草や海藻、紅藻がゆらゆらしていて、貝や小さな生き物たちも共生していますよね。その心地良いシーンを、ガラスに漆で描いたり、金粉や銀粉を蒔いたり、貝を貼り付けたりしながら表現しています。漆を塗って研いでいるところもあって、素材としての漆の特徴を生かしている作品です。

たゆたうを作り始めた時に、押し花ならぬ押し海藻の図鑑を買ったんです。開いたらとってもきれいで「海藻ってこんなにカラフルなんだ」「広げたらこんなふうなのね」「透けてたり、ポチポチとかあったり、たまらなく好き!」という興奮や感動があって(笑)。もうそのままの気持ちで描いています。

半透明のすりガラスに漆で描いていくと、描いたところだけガラスが透けて、光が通るんですね。そこから向こう側の景色が見えてくる、というのが一番の特徴で、まさに海をのぞき込むような感じになるんです。

「何があるんだろう」とのぞきき込んでもらえるよう、裏側まで回り込んで描いています。表と裏の絵の重なりがあったり、角度によって金や銀の粒がギラッと光って見えたり、貝の色が現れたり。いろいろな素材を効果的になるように使って、透明、不透明、半透明みたいなところをずっと行き来しながら眺めてもらえたら楽しいと思います。

海遊びの原体験がきっかけに

私は生まれは大阪なんですけれど、祖父母の家が福井県小浜で、近くに浜辺があったんです。小学生の頃は、夏休みになるとそこで素潜りをしたり、ヤドカリを拾ったりしていたんですね。その原体験が、今の作品づくりの根底にあると思っています。

幼い頃の海の記憶は曖昧ながら、素潜りをして必死に網で魚をすくったことを断片的に覚えていたり、潜った時に下から見上げた水面のキラキラと揺れ動く感じが印象に残っていたり…。

水中で見た景色というのは不思議で、ずっと何かが揺れ動いている。自分自身も水の中では止まっていられない。辺りをもっとしっかり見たいと思っても、水中ではなかなか視線のピントが合わないし、ぶれて見える。でも、そのおかげで飽きずにずっと見ていられるんでしょうね。自分の作るものも、そういう心地良いものにしたいなと思っています。

ぜひ、作品をのぞき込んでもらって、私が海で遊んでいた時のような体験を、見る人にも追体験してほしいなと。そういう気持ちも強いんです。

海で遊んでいた当時は、たとえばヤドカリを捕まえても、海の生き物を持ち帰ってはダメと言われていたんですね。その時の思いは私の中にずっとあって、海遊びの中で持ち帰りたいと思ったものを、作品という形に置き換えてしまえば、それは私のものとしてずっと手に取っていられるなと思ったんですよね。

それで「たゆたう」という作品をコロナ禍で作り始めました。その頃は外出できない嫌な閉塞感というか、海に行っても誰にも会わないし、絶対行っても大丈夫でしょうと思いながらもなかなか行けなくて。それなら作ればいいと思って、これは「持って帰れる私の海」というテーマで作っていました。

コロナが蔓延していろんな主義主張がある時期で、でも人の意見とかに少し流されてもいいんじゃない?その方が周りの人にも優しくできるんじゃない?みたいに思うことが時々あったんですね。共生するってそういうことかなと。心地良く共存するには、たまに流されても、ゆらゆらしてもいいんじゃない?と。おおらかな気持ちを持っていたいな、という心持ちで作っていました。

️素材や工程に表現を重ねて

使っている漆はすべてガラス用のものです。たゆたうシリーズは主に漆の飴色と、透明な黄色の色漆で描いています。そのほかに透明な赤、緑の色漆を使っているもの、ラメのように青く光るガラスパウダーを蒔いたものもあり、漆絵に蒔絵や螺鈿を施したりしています。

描く際に使う細い蒔絵筆は、白猫の毛で玉毛というものです。鼠の毛が一番すばらしいと言われていますが、私が始めた頃にはほとんど作られていなくて。そもそも鼠が捕れないらしく、そういう道具の作り手もどんどんいなくなってしまい、漆の刷毛を作っているところも1軒だけになりかけています。

漆器に描くよりもガラス面に描く方が、表面が粗いので摩耗があるんですね。水毛という毛先の透明な部分で描くので、その部分は特に摩耗します。使い捨てとまではいかないですけれど、消耗品なんです。

線を描く時は、自分の呼吸に合わせて、気持ちいい線になるよう一筆で描くようにしています。線を1本描いている間にも下が透けてくるので、アドレナリンが出てくるみたいな(笑)。

実は、描いている瞬間の漆が透明で一番きれいなんですね。乾くと私にはちょっと暗くなっちゃったなみたいな感じです。4~5年経つと、漆が少し明るく透けてくるので同じようになるんですけれど、やはり描いている工程のきれいさは私だけが知っていて。みんなに見てほしくてもなかなか見てもらえない。その感じは気に入っていますけれど(笑)。 いつも余白、余白って思っているのに、描いたら描いただけ透けて見えるので楽しくなってしまって。描き終わらないことが課題ですね。


また、波のように見える細い線は銀などで描いています。白波みたいなものとか潮目みたいなものも感じたいし、波打ち際や、磯の狭いコロニーにチャポンと入っていく感じも伝えたくて。境界のようでいて別に閉じてはいない柔らかい感じ。多様なものを許容できるといいよね、みたいなイメージです。

平目粉という金や銀の粒を貼り付けたり、アワビや白蝶貝、黄蝶貝、黒蝶貝などの貝殻を螺鈿の技法で貼り付けているものもあります。

おそらく、すりガラスに漆で描いているのは私くらいではないでしょうか。私だけではないかもしれませんが、最初に始めたのは私だと思います。

加飾したところが剥がれないようにするために、特許の機材を購入して、3段階の工程を踏んでいます。なので、漆器と同じように使っていただけます。できるだけ長く使ってほしいですし、同時に思うこととしては、何十年も使用して金が剥げてきたとしても、それは普通のことで、その変化も楽しんでいただけたらなと。

作家という職業に憧れて

幼い頃から絵を描くのが好きで、小学校の卒業アルバムには「絵本作家になります」と書いていました。親が作家だったわけでもないのに、なぜか子どもの頃から雇われることをイメージしたことがなくて(笑)。それ以降もずっと何かの作家になると思っていました。

絵が好きな父はよく描いてくれましたし、祖母は書道の先生だったので、子どもの頃は祖母の家へ遊びに行くと、兄はずっとゲームをしているのに、私は祖母と一緒に筆を持っていましたね。

今日はカタツムリと竹の絵を描きましょうと言われれば、ひたすら1時間でも2時間でもそればかり描いて。最後にやっと色紙に描かせてもらえるんです。同じものばかり描かされていたのに、それが苦ではなくて、楽しいからもっとやりたい!という感じでした。 自分でやりたいと言えばその環境を与えてもらえたので、夢中になってのめり込んで。ただ、完成させることは苦手な子どもだったなと思います。ひたすら細かく描き込んで、いったいいつ終わるの?どこで終わり?みたいな。結局、また今日も終わらなかった!ということが多かったですね。

高校生の頃になると、絵よりも立体物を作る方が好きだと思うようになりました。紙を使って何かを作ることがとても好きで、鑑賞するのも絵画より工芸品がいいなと。

家の近くに大阪芸術大学があるからなのか、ガラス工房がいくつかあって、トンボ玉のワークショップとか、吹きガラスのワークショップとかをやっていたんです。気軽に夏休みに参加させてもらえたので、立体を作る方に興味を持ったり、ガラスへの親近感は、その頃に芽生えたのかもしれません。

そして受験の段階で、工芸科というところなら立体を勉強できると知ったんです。 高校は普通科で、美術部には入っていましたけれど、3年生から少人数の塾へ通いました。美術部の先生の大学の同級生という方が、奈良でお教室をやっていらして、受験対策としてデッサンと色彩と立体を教えて下さいました。

大学は京都市立芸術大学に入りました。入学してもすぐに専攻を決めなくていいので、漆と陶芸と染織の3つを少しずつ学びながら自分で選んでいくんですね。私は「作家になりたい」」と思っていたから、漆は窯もいらないし、広い洗い場もいらない、一部屋でできるのはいいなと思ったんです。ちょっと打算的ですけれど(笑)、圧倒的にやっている人の分母も少なくて、作家として何かやりようがありそうな…。形も作れたり、加飾もあって面白そうだなと。それに漆は信じられないくらい下地に費やす時間が長くて、少しずつ作り上げて行くというところも、計画的に仕事が出来るようになれるかもしれないと淡い希望を抱いて、専攻は漆を選びました。

京都芸大の漆専攻は自由な気風で、割と何をしても許してもらえるというか。2回生では漆の基礎を一通り、乾漆とか蒔絵とかをやるんですけれど、3回生からは自分の制作をしていいということで、その時からガラスと漆でどうにかしたいなと考えていました。

「ガラスと漆」出逢いの行方

実は、大学2回生の時に、今につながる大きなきっかけがあったんです。

初めて漆で加飾パネルみたいなものを作り、それを高校の美術部の先生に見せに行った時のこと。その先生は彫刻をやりながら、ガラスも教えていらして、ちょうどその時にガラスの焼けたようなものを出してきてくれて。私の漆のパネルの上に、そのガラスを重ねてみたところ、とてもきれいだったんです。ガラス越しに見える螺鈿の輝き方とか、漆にもガラスが映り込むので、すごく複雑な重なり方をしていて…。

何だこれは!という驚きもあって、こんな漆とガラスの組み合わせは見たことないからやってみよう!という話になったんです。

10年前、一番最初に作った作品は写真しかないんですけれど、ガラスと漆とアワビの貝殻を使っていて、この組み合わせは素材同士の親和性がとても高いのではないかと考え始めたきっかけでもあります。

大学生活はとても自由だったので、陶芸の窯会議にも勝手に参加したり、陶芸の窯を借りて、わからないなりに自分でガラスを焼いたりして作っていました。当時は乾漆のオブジェの上にガラスのプレートを載せたりしていて、ガラスと漆が別々だったんですね。載っているだけというのが嫌だなと思ってはいたものの、独学でガラスをやるにはどうにも無理があって…。そういう時に、金沢卯辰山工芸工房はガラスもやっているらしいということを大学の先生が教えてくれたんです。漆芸をやりながら、ガラスのことももっと知ることができそうだということで、卒業後は京都から金沢へ行くことに。ただ、卯辰山も1年目は落ちてしまって、その1年間は京都市産業技術研究所の漆工応用コースに入って、蒔絵をしっかり勉強したんです。それまではざっくりとした加飾しかやったことがなくて、乾漆粉という漆を乾かして粉にしたものなら研げるけれど、金粉は細かくて研ぎ方もわからないくらい。そこから1年、専門的に学んだことで金の蒔絵もできるようになって、それから卯辰山に入ったので、結果的に良いステップになりました。

今は少し変わったようですけれど、当時の卯辰山は週6日の9時から17時までが研修時間で、それ以外の朝6時から9時までと、終業後の17時から22時までは、自分の制作のために工房を自由に使えたんですね。私は9時から22時まで、当り前のように工房にいるというストイックな生活をしていました。

主に実験に費やしていて、すりガラスの皿に漆絵や蒔絵や螺鈿を施して、その加飾が剥がれずにしっかりくっつくかどうか、というのを繰り返していた時期もあります。業務用食洗機で100回洗う実験を産業技術研究所に依頼したり。いずれ個展を開きたいと思っていたので、自分の作品作りのためにガラスを教えてもらうこともありました。ガラスでこんな形にするにはどうしたらいいかとか、加工はどうすればいいかとか、同期の中で一番年下だったので、みなさんが親身に教えてくれました。

ところが、緊急事態宣言が出されてコロナ禍となってしまい、工房の出入りも禁止に。狭いワンルームにずっとひとりぼっちで、作れないけれどずっと考えているみたいな時間でした。

そうして、冒頭でもお話した最初の「たゆたう」ができたんです。すりガラスの表面に漆で描いてみたら、そこだけ透けて。漆で透けるんだ!というのを見つけて、これだ!これを作品にしていこう!と、自分の作りたいものが定まったんです。最初のそれは、自分でキャストしたガラスに漆で描いたものです。私は吹きガラスは本当に無理で、あのスピード感で作ることはできないし、熱いだけで怖いくらいなんです。

卯辰山は3年間だったので、3年目は独立に向けた準備をしていました。「たゆたう」は数をたくさんは作れないし、価格も安くはないので、もう少し手に取ってもらいやすい食器を作ったり。3年目の最後にはようやくコロナも落ち着いてきて、2022年に卯辰山での研修を終了。その後、予定していた個展も無事に開催できました。

ずっと作家になりたいと思ってきたものの、コロナ禍ではギャラリー巡りもできなかったので、東京の状況もあまりわからなくて。東京で最初に展示したのは、ギャラリーではなく、六本木ヒルズにあったインテリアショップ。個展というよりポップアップみたいな形でした。その後もショップが多かったんですけれど、いつ頃からかギャラリーからも声を掛けていただくように。コンペにも出していて、2022年に「日本和文化グランプリ(第2回)」で準グランプリ、2023年の「国際漆展・石川2023」では金賞、2025年の「金沢・世界工芸トリエンナーレ(第6回)」では入選という結果になりました。コンペのつながりで、声を掛けていただくことも増えてきました。

硝漆家という自分だけの世界

食器は別として、私の作品は現代アートでもないですし、「ガラスに漆で描いているんです」と言っても、よくわかってもらえないことが多いんです。「これは漆なんです」というところから始めないとならない。でも、若い人や同年代の人が、すごくきれいだと言ってくれるので、漆にあまり馴染みのない若い世代にも響いているのかなと。

食器を作る時は、軽やかさとか、おしゃれさとか、和室ではないところにある漆ということも考えています。ただきれいに塗られていることのすごさというのは、やはりなかなか伝わらないので。加飾はそういう意味ではわかりやすく訴えかけられるところもあるのかなと。塗り物よりカジュアルに入ってもらえたらという気持ちでいるので、若い人が買ってくれたりすると、何か未来があるなと思えて嬉しくなります。

一方で、講演会などでは、あなたにとって漆とは?工芸とは?ということをよく聞かれるんです。その度にいっぱい考えてみて、私にとって漆は、塗料としての魅力がすごくあるのだと思います。漆はガラスにも描けるし、金粉なども蒔けるし、貝も貼れます。いろいろなものの接着剤というか、間を取り持ってくれる素材なんですよね。

自分の名前が「和なごみ」という字で、足し算の和とか、和え物とか、いろんなものを足して、でも調和、良いようにするみたいな意味があって。それが私にとっては漆だったような気がします。私が気になる素材、ガラスも金属も貝殻も、いろんな素材のバランスをとって一つにまとめてくれるし、作っていて私の精神のバランスもとってくれる、それが漆であると。

漆信仰が強いわけではないんですけれど、何でいいんだろう、選んだのかなって今になって思うと、あれこれやりたいことはあって、オブジェも食器もやりたい。欲張りな思いも漆だったらできる、解決する、というのが、何か私の中ではとてもしっくりきたのかなと思っています。

肩書としては硝漆(しょうしつ)家と言っています。 自由にどこにも所属せずに制作をしているので、これでいいかなと思っています。ガラス以外のものに描こうと思っていないですし、字面に硝子の「硝」の文字が入るとちょっと爽やかになって、軽やかで良いなと。いろんな意味で気軽に身軽に行きたいと思っています。

ガラスは自分でも作ってみましたが、プロに頼む方が質が良いので、2~3人のガラス作家さんにお願いしています。そういう意味では、作家さんが作る器によって形の展開もひろがるので、最近は茶道具も少しずつ増えています。

今後取り組んでみたいこととして、私自身はいつか壁面をやってみたいと思っています。窓とかになると、建築と絡むので、設計からプロジェクトに加わらないと難しいことなのかもしれませんが、教会とか、ホテルの部屋とか、機会があればこのやり方で壁面もできるという提案をしていきたいです。

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文・構成:竹内典子 / Apr. 2026