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Interview 八代淳子 聞き手:橋本龍史「橋本美術」店主 文・構成:竹内典子

日常に新しい風を放つ、軽やかな漆器

工程を必要最小限まで省き、
日常使いの漆器に。
八代淳子作品写真
八代淳子作品写真
八代淳子作品写真
photograph:© Junko YASHIRO

インタビュー風景:橋本美術 店主 橋本龍史

橋本
僕が初めて八代さんの作品を拝見した時、今までにない漆の作品だと思い、デザイン的に見てもそうですし、非常にそこに魅せられたんです。こうしてお話を聞いていると、やはりその辺りに八代さんの原点みたいなものを感じますね。

八代
私は林先生に習った漆の工程というもの、つまり漆の世界の基本というものを、今はかなり省略していて、必要なことだけを最小限にやっているので、最初はそうして省くことにすごく勇気が要ったというか、省いてしまっていいのかというためらいもあったんです。

橋本
たとえば輪島塗ならば塗りを30回というのが基本だとして、極端にいうと、八代さんはそこを5回の塗りにしようってことですか?

八代
そうです。

橋本
それは八代さんがつくり出す質感を大事にしようとしてのことですか?

八代
それもありますし、輪島塗が何十回も塗るにはそれなりの理由があってのことですけど、私の作品の場合はそこまで塗る必要がないんです。器の寿命とか強度は、今の時代の生活スタイルをベースに考えているので。

橋本
確かに、昔の漆の器というのは、それ一つ持てば親子2代、3代とずっと使えるというものでしたけど、今は核家族化してますからね。自分たち家族だけが使えればいいというような価値観に変わってきています。八代さんは早くからそのことに着目されていたんですね。

八代
そうですけれど、工程を省いたものを発表するまでには時間もかかりました。これを漆器と名乗っていいものかどうか、というためらいを割り切るまで。でも、最小限の工程であっても、木地自体を強くするために漆を塗るとか、防水性を得るとかっていう必要な用途は満たしていますし、漆を何のために使うのかということもすごく明確になりました。たとえば私のつくる器は、一般の人が想像する漆器ではないかもしれませんが、実は大いに漆の力を借りていて、木地自体を強化させることができています。今では私も「漆器です」とはっきり言えるようになりました。

橋本
八代さんの作品は、今の生活スタイルにとても合っていますね。漆の産地などの伝統的な感覚とは違う、新しい感覚です。もちろんデザイン性ということもあるけれど、僕がもう一つ注目しているのは、八代さんがご自分でブロックの木を刳り貫いて、そこに漆を塗っていることなんです。その木を扱う工程においても、独自の方法を編み出されている。

八代
木を削る工法は、誰にも習ったことがないので、何も知らないから私流になっているといえるかもしれませんが、木工家の方が遊びにいらっしゃると、ちょっと気恥ずかしいし、気後れしますよ。

橋本
僕は八代さんの削りの質感がものすごく好きです。

八代
実はこの削りの感じは、偶然拾った桜の木の皮が元になってるんです。それまでは、拭き漆でこうしたものをつくっていたんですが、ある日、たまたまその皮の断片を拾ったことで、木を削ったものに錫をかけて研ぎ出したら、この皮と同じような肌合いになるんじゃないかって思いついて。やってみたら、かなりイメージに近いものができて、それが作品づくりのきっかけになりました。

橋本
桜の木の皮って、赤っぽくないですか?

八代
そうなんですけど、幹の場所によってちょっと白茶けたようなものもあるんです。

橋本
そこに着目するっていうのもすごいですね。

八代
拾って手に取った時は、嬉しかったです。

橋本
器の表面のデコボコした肌合い、味があってすごくいいと思います。

八代
挽きもの以外の作品をつくる時は、ある程度の大きさに製材された原木を買ってきて、それを切り分けていくんですが、その時にチェーンソーを使うんです。そのチェーンソーで切った断面を見た時に、この肌合いはいいと思ったんです。

橋本
そういうところの発想が面白いですね。

八代
その頃は、自分が漠然とイメージしたものを、どうやってつくっていくかということを必死に探っていました。それまで教わってきた方法通りにつくると、きれいに出来過ぎてしまって…。

橋本
八代さんの作品は、この肌合いがすごく個性になってますよね。

八代
木工をきちんと習っていない素人だからできてしまう強みだと思います。

橋本
そして、銀ではなく錫を使ったというのは、木の皮と何か共通点を見出したのですか?

八代
錫を使おうと思ったのは、錫の色味が、私のデザインするもののイメージにぴったり合ったからです。もともと漆芸の材料として、金粉、銀粉と同じように錫もあるものです。これだけたっぷり錫を使えるというのは、材料代が安いという点も大きいです。もちろん銀をかけてもよかったんですけど、銀ではかなり高価になってしまいます。私のつくるものは日常雑器なので、価格もそれなりのものでないと…。

きれい過ぎない削りの肌合い、
錫をかけての研ぎ出し。
インタビュー風景:桜の木の皮と漆

インタビュー風景:桜の木の皮と漆

インタビュー風景:八代淳子
漆と金属の取っ手のように
異素材を取り合わせてみたい。
八代淳子作品写真
photograph:© Junko YASHIRO

工房風景

橋本
僕は、銀ではなく錫を使ったところに感心したんですよ。工芸的によくあるのは銀なんです。そこに錫を使って表現したってことですよね。固定概念にとらわれない、新しい感覚のものになっています。それと、酒器などの持ち手に、よく金属を使われますけど、その金属との兼ね合いもいい感じですね。

八代
金属は、同級生で金工作家の内堀豪※4君につくってもらっていて、彼のつくる金属の肌合いを取り合わせてもらっています。彼は私の作品もよく知っているので、合わせてくれているところもあると思います。

橋本
デザインはどうされているのですか?

八代
それはすべて私が図面にしています。肌合いはいつもの内堀君の感じで、形はこの図面通りに、というような進め方です。

橋本
息が合っていますね。そういう意味では、八代さんの今後の作品づくりというのは、金属とだけでなく、ガラスとか他の素材ともコラボレーションできるんじゃないですか?

八代
いろんな素材との組み合わせはやってみたいと思っています。もともと私は、器以外の洋服とか、色の取り合わせとか、何かと何かの組み合わせというものがすごく好きなんです。漆も漆だけで塗り固めてしまうようなテーブルコーディネートは、どうも息苦しいというか暑苦しくなってしまうので、そこに金属が入ってきたり、あるいはガラスや陶器とかでもいいと思うんです。ご縁があって実現できたらいいんですけど。

橋本
今までの漆の作家さんは、漆だけにこだわってつくっている人が多かったけれど、八代さんの大らかな感性や広い視野は、ご自分の作品につながっていますね。さまざまな素材とのコラボレーションを期待したいと思います。それと、造形的な感覚についても、埼玉からここ軽井沢に移り住まれて、自然豊かな暮らしの中で少しずつ変化されていくと思うんです。

八代
最近、よくそう言われるので、逆に変わんなくちゃいけないのかなって、ちょっと意識してしまっているんですが。でも、そういうところも自然に出せて行けたらなと思います。

橋本
世の中の動きというか、生活スタイルもどんどん変わっています。

八代
そうですね。漆の作家なので、ちょっと偏屈な時代錯誤の人間かと思われることも多いんですけど、私はどちらかというと、ミーハーなところも結構あって、流行のものも好きですし、ファッションとかも好きなんです。そういう自分らしさをうまく漆に取り込めたらいいなと思っています。軽井沢に移ってきたことも、田舎に引っ込んだというより、逆に 自分の中では一歩前へ進んだ気がしています。

※4:内堀豪 うちぼりごう
1970年 千葉県生まれ。金属造形作家、東京藝大助教。八代さんとは藝大で同級生。
独自の造形に出土品のような肌合いを持つ作品を制作。大学で保存修復の研究にも携わる。

Artist index 八代淳子