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Interview 皆川禎子 聞き手:井上典子 文・構成:竹内典子

技術を磨き「私の世界」を求めていきたい

実物の標本よりも
写真集やエッセーを通して
生き生きとした姿に触れていく。
インタビュー風景

井上
私は初めて皆川さんの昆虫を見た時、この人は魔法の手を持っている!って思いました。

皆川
できないのもあるんです。でも、できる、できないは、それが好きか嫌いかにかかってくるんです。その形がカッコイイ!とかって、自分にグッとくるところがあると、そこをつくりたい!と思えるから、トライして、試行錯誤してということができるんです。でも、あんまり好きじゃないなっていうのは、そこまで集中できないし、思い入れを持てないんです。

井上
昆虫をつくる時は、何を参考に?

皆川
写真集とか、エッセーです。実物はほとんど見ないんです。以前、渋谷にあった「志賀昆虫店」には、つくり始めの頃に行って見せてもらったりしました。もちろん参考になるところはあるんですけど、制作するに当たってはあんまり自分の頑張りのエネルギーにはならないというか…。 よくよく考えたら、標本は素晴らしいけれども死んでしまっているんです。写真集は生きているのを写しているし、昆虫のエッセーは、『ファーブル昆虫記』とかも生きた虫をさまざまに語っているから、そういうものを見たり読んだりする方が面白い。

井上
そういう意味で、エッセーも参考になるわけですね。私は虫がすごく苦手で、エッセーを読む気にすらなったことなかったけれど、でも皆川さんの作品がきっかけで以前より虫をしげしげと見るようになりました。

皆川
フォルムが好きで対象に選んで、調べてみると、マニアの世界がいろいろあるんですね。その世界の人たちが「この虫のどこにグッとくるのか」とか、「家族からは理解されないけれども好きだ」とか書いてあって。そういうのを読むと、生き物に対して好きっていうのが感じられて、自分が制作する時の頑張りにつながります。

井上
昆虫の面白さは?

皆川
何でこんな生き物になっちゃったんだろうって思うところ。昆虫のあの形ってほとんどエイリアンで、同じ地球上に今いるのかと思うとすごいなって。節の分かれ方だったり、色とかも派手な色使いだったり、愚鈍なのに飛びにくそうな重い甲羅を背負っていたり…。面白いですね。

井上
皆川さんはフィクションの昆虫もつくるでしょう。どういうきっかけですか?

皆川
生物は必要に応じて体を変えていくから、フィクションしてもいいかなと。例えば、蜂に化けた蘭が実際にあります。本当に蜂のような形の花で、しかもメスのフェロモンのような匂いまで出して、オスが自分の花に止まって受粉するように仕向けるんです。そういうのも実在するし、考えつかないようなすごくきれいな色合いの虫がいたりもするから、フィクションもいいだろうと。

生き物のどこに
グッとくるか掘り下げる。
そのことがつくること、
自分が頑張ることのエネルギーに。
工房風景
実物と見紛うほどつくり込むことを
重要視していない。
生命には勝てないし、
独自の世界を表現したい。
インタビュー風景

井上
昆虫の制作において、大事なことは何ですか?

皆川
バランスです。パッと置いた時に不自然ではない感じというのが大事です。私はあまりパーツでは組まないで、例えば脚ならタネを付けて伸ばしてと、割とフリーハンドでどんどんつくっていくんです。

井上
パーツでつくって、くっつけて、ではないのですか。

皆川
プラモデルみたいにそうやってつくると思われる方もいらっしゃるんですけど、熔けているガラスを使っていくんです。そうすると厳密に測ると左右の長さが違ったりもする。でも、出来上がった時に全体としてまとまってきれいに見えているというのが一番大事です。それは昆虫の制作に限らず、ボトルでもフィギュアでも大事にしていることです。 昆虫については、実物をモデルに制作していても、あくまでもモデルなんです。自分が「おおっ!!」と感激したところを大事にしています。実物と見紛うほど実物に限りなく近くなるようつくり込むことを重要視していません。そこを目指していくと誰がつくっても同じようになってしまいますし、生命には勝てないからです。それと「私の世界」と言えるものを求めていきたい。そこはこれからの課題と思っています。どうするかはまだ手探りですが…。

井上
他に今後の課題はありますか?

皆川
それはあり過ぎて、ちょっと絞り込めていません。今は手が出ないと思っていても、ある日突然に「あっ、これつくりたい!」ってなるかもしれないですし。ただ、「気持は動いていないけど、出来そうだからやってみて出来ちゃった」みたいなことは避けたいです。好きだから、できないだろうけどトライする、というのが今までなので、たぶんそこは変わらないと思います。

井上
今はガラスの展覧会が増えて、夏場だけのガラスではなくなってきたでしょう。それだけ多様なガラス作家が出てくるようになって、それを見て面白いと思う人も増えてきましたよね。

皆川
たまに思うんですけど、昔からニセ科学、例えば人魚の剥製みたいなものをコレクションする人たちがいますよね。あとオルゴールとか細工ものをコレクションするとか、少数派の歴史は脈々とあるわけで。そういうのが好きな人は、ガラスでつくった虫や植物も好きなんじゃないかなと思うんです。18世紀にガラスの虫があったら、集めたいと思った人はいただろうと。でも多数ではない。ニッチ※27で歴史が続いてきたから、途絶えずにニッチなままでずっと行くんじゃないかって。

井上
ギャラリー介で皆川さんの展覧会をした時も、ふだんはいらしたことがないようなマニアな方がいっぱいでしたね。

皆川
私の作品は、ニッチで続ける感じなのかなと。たぶん私のつくっている物の種類が、そういう感じの物だと思うんです。

井上
作品が繊細で、梱包もなかなか難しいですからね。

皆川
そうですね。何とか梱包を工夫して、色々な方に見ていただければ嬉しいですね。

井上
楽しみにしています。どうも有り難うございました。

好きだから、
できそうになくてもトライする。
ものづくりの姿勢は
これからも変わらない。
工房風景

※27:ニッチ
生物学で使われるニッチは、生態的地位のこと。約6500万年前に恐竜が絶滅した時、その空白となったニッチを埋めるために生物が様々に活動し、それ以前は目立たなかった哺乳類が台頭したといわれる。

インタビューを終えて

皆川さんとは今までもお話する機会があり、オリジナルを追求する発想と視点、
ひたむきな制作姿勢にはいつも感心していたのだが、今回改めて詳しくお話しを伺い、
一層その感を強くした。バーナーワークはまだ認知度が低い技法だけれど、
非常に精緻な表現が出来る事が特徴で、皆川さん以外にも独学で技術を身に付け、
素晴らしい作品を創りだしている作家が増えてきている。
そういった作品は、もっと評価されてしかるべきと改めて思う。

井上典子

女性誌のリビングページ担当編集者としての活動の後、流通業界においてリビング分野の企画・プロデュースの仕事に携わる。2000年4月、作り手と使い手の間を介する(=仲立ちする)場として「ギャラリー介」を渋谷区東にオープン。ガラス、陶、木、金属、布など幅広いジャンルの作家の作品展を開催。2008年6月にギャラリークローズ。2010〜2011年までpanoramaのプロデュースを担当。

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