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Interview 長谷川奈津 聞き手:井上典子 文・構成:竹内典子

惹きつけられるものの正体を見つけたい

長谷川奈津さんは子供の頃に出会った大好きな先生から、焼き物の楽しさ、物をつくることの喜び、そして自分の気持を大事にすることの尊さを教わった。その教えを信じ、純粋に創作への思いを育ててきたのだろう。東京藝術大学で陶芸を専攻し、以来ずっと信じたものを追い求め、制作を続け、そのひたむきな歩みの中で、品のある素直な器を生み出している。

掌の中でつくれるものに惹かれて、
陶芸の道へ。
インタビュー風景

井上
陶芸の道に進まれたのは、どんなことがきっかけですか?

長谷川
焼き物を面白いなって思ったのは、幼稚園の頃です。家族でよく遊びに行く宿泊施設が栃木にあって、橋本誠さんという陶芸家がそこで焼き物を教えられていたんです。先生の人柄に惹かれて、行く度に粘土遊びをして、焼いてもらって、褒められると楽しくなって。いろんな話をしてくれた先生でもあり、私の焼き物のイメージはその先生から始まっています。

井上
その頃から陶芸家になりたいと?

長谷川
それはないです。先生を見ていて楽しそうだなぁとは思っていましたけど。

井上
一度、武蔵野美大に入られたのに、東京芸大に行かれたのはなぜですか?

長谷川
母が絵が好きで、私も美術に興味があったので大学は美大へ進み、武蔵美では彫刻を1年やりました。でも、彫刻は自分には感覚的に大き過ぎて手に負えない気がして。掌の中でつくれるものをやってみたいな、と考えるようになりました。陶芸科に行きたいと思って、芸大を受け直しました。

井上
芸大では、どんなことをしたかったのですか?

長谷川
その頃から、茶碗くらいの大きさの立体をつくりたいと思っていました。それを使いたいとかではなく、それくらいの大きさや形、密度みたいなものに惹かれていたと思います。今も碗ものをつくるのが一番好きです。豆皿とか小壺くらいの小さな物をつくっている時の方が、夢中になります。

井上
その頃はどんなものに惹かれていましたか?

長谷川
根津美術館で見た、小さな青井戸茶碗に感動しました。あぁ、こういうのをつくりたいと思いました。でも、それは形を再現したいってことではないんです。その物が醸し出している雰囲気に惹かれるんでしょうね。それがどういうものかを言葉にするのは難しく、井戸茶碗にしても李朝や唐津にしても、器の持つ大らかさ、柔らかさ、健全さ、土の伸びやかさというような言葉にしか、ならないです。今見ることができる古い物は、個人の名前でつくられた物ではないから、作為的でないし、媚びてない。たくさんつくられた物の中から、いい物が誰かに選ばれて残ってきた。そういう物が持っている品のよさや格のある佇まいに惹かれました。

井上
当時、長谷川さんが影響を受けた作家はいますか?

長谷川
石黒宗麿※1です。芸大の陶芸科に進んで間もなく、教室で彼の図録を見つけて、すごくいいと思いました。まだ湯飲みすら轆轤でひけない頃でしたが、同じようにつくってみたい、という気持ちになって、いくつかスケッチし、轆轤の上手な先輩達に教えてもらったりしました。私が初めてまとまって彼の作品を見たのは、サントリー美術館の石黒宗麿展でした。個人でこんなことを成し遂げた人がいるんだと、すごく驚きました。

井上
どういうところに驚いたのですか?

長谷川
技法ではないです。もちろん技法の再現という積み重ねた実績の上にあるのですが、単なる技法の再現ではなくて、今までの歴史的な技法を自分の中に出来るだけ取り込み、石黒宗麿のものとして昇華していることに驚いたのです。昔から形はほとんど変わっていない焼き物で今の自分を表現することの本質を、私は感じたんだと思います。彼の仕事は、写そうとする対象の本質を探って、感じ取って、さらに自分の身体を通し、生み出すことだったと受け止めています。自分のことに置き換えて考えると、とてつもなく難しいことですが。

器の大らかさ、
柔らかさ、健全さ、
土の伸びやかさに魅せられた。
工房風景

※1:石黒宗麿
中国・宋の時代の陶器「曜変天目」に惹かれて陶芸家を志した。長年中国の技法の写しなどに取り組み、「木の葉天目」を完成させた。
人間国宝。1893~1968年。

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