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panorama Interview 安齊賢太「触りたくなる器」

Interview 安齊賢太「触りたくなる器」 3/3

聞き手:根本美恵子さん(ギャラリー「日々」コーディネーター) / 文・構成:竹内典子/Jan. 2014

オリジナル手法の陶胎漆器

根本 もうすぐ「日々」では初めての安齊さんの作品展をさせていただきますけれど、今回の作品の中心となる陶胎漆器*2について、どういうものか教えていただけますか。

安齊 はい。初めから陶胎漆器としてやろうと思っていたというよりは、最初は質感として泥団子のような生の土の質感を使いたいと思っていたんです。それで、土の中にフリットを入れたり、釉薬を入れたりしてみたんですけれど、焼成して結晶化が始まってしまうとどうしても焼き物になってしまうんですね。なかなかうまくいかなくてしばらく放っておいたんですけれど、ある時、美術館で「瀝青(れきせい)」というものを見て、すごく自分のイメージに合うと思ったんです。瀝青というのは、天然コールタール・アスファルトなどのことで、器には使用できないものなんです。それと、黒漆喰をつくっているところを見かけたことなども重なって、土に糊剤として漆を入れるということを思い立って始めたのがきっかけです。

瀝青 イメージ画像

根本 日本でも幕末から明治くらいに、輸出用として陶胎漆器がつくられたというのを本で読んだのですが。

安齊 会津漆器ってありますけれど、福島でも陶胎漆器をつくっていたみたいですね。海外の乾燥した地域では、木に漆を塗ったものは乾燥に負けやすくて、木胎ではなく陶胎にすると乾燥した地域でも使いやすいということで輸出用にされていたようです。

根本 なるほど。私は木地をつくる方が大変で、轆轤で土を成形する方が容易だからということで始まったのかと思っていました。

安齊 そういうこともあったかもしれないですね。でも、気候の面でというのは大きいと思います。日本のように湿度のある国ばかりではないので。

根本 実際に、いま安齊さんがつくられているものは、どのような作業工程になるのでしょうか。陶土を轆轤成形してから素焼きするのですか。

安齊 素焼きではないです。最初につくった時、見た目には早い段階から形になったんですけれども、水没実験と言って、水の中に2~3ヵ月間入れて置くと、使っていて1~2年後に漆が剥がれるような器というのは、その実験でプクプクと剥がれてくるんです。その実験と、強度的なものを実験してみて、結果から本焼きしてしまうと剥がれやすくなるし、素焼きだと少し弱いということがわかったので、生地は土の結晶化が始まって焼き締まる直前のところのものです。そういう生地の上に、土に糊剤として漆を入れたものを塗って磨いてという作業を8~10回は繰り返します。最後にそれを焼きつけて、少し磨いて出来上がります。一つをつくり上げるには、全工程で1か月くらいかかります。

安齊賢太 漆の製作工程イメージ

根本 それだけの作業工程というのは、焼き物というよりちょっと彫刻っぽいというか、そういう気持ちは出てくるものですか。それともあくまでも焼き物という感じですか。

安齊 こういうものと思ってつくっています(笑)。

panorama Interview 安齊賢太「触りたくなる器」インタビューイメージ画像

根本 コストもかかるでしょうし、たとえば電子レンジに使用できないとか、触った時に漆器なら熱くならないけれど熱くなるとか、実用においてはどちらかというとマイナス面も若干ありますよね。それを押してまでつくりたい魅力というのは、どういうふうに皆さんにお伝えしたいですか。

安齊 用途とか手触りの面というのは、ほかの素材にはない表現の仕方ができると思うんです。使ってみると違う雰囲気とかも出てくるので、普通の陶器や漆器とも違う使い方、面白さがあると思います。

根本 私も初めて拝見した時に、「えっ、これなに?」と思うくらいの触りたくなる印象を持ちましたし、持った時に微妙な想像とは違う軽さとか、ツルッツルではないある種の手に引っかかりのある感触が面白かったりして、いろいろな魅力を秘めているなと思いました。それと、私は瀝青という言葉は初めて聞いたんですけれど、瀝青は陶胎漆器とは違うわけですよね。

安齊 瀝青は、天然アスファルト・コールタールなどですから、素材の種類が違います。古代の人たちがよく使っていたといわれる材料です。ただ、陶胎漆器と呼ぶことも、自分としてはちょっとしっくり来ないんですね。漆だけを塗っているわけではないので。そういう意味では名前がないので、説明しにくいものです。

根本 安齊さんオリジナルの黒い器ですものね。

安齊 そうですね。作品展でいろいろとご紹介できたらと思っています。それと、黒い器をつくり始める前からつくっている白い花器や食器もご覧いただけたらと思っています。

安齊賢太 工房イメージ画像

触手が動くような器を

根本 ギャラリーでお客様とお話したり、様子を拝見したりしていて思うのは、お客様の手によく触れる器というのは、やはりよく売れる器なんですね。誰かが手に取って置いて、また違う人が触って置いて、その次の誰かが買う。でも、誰も触らない器というのは、悲しいけれど売れなくて。
安齊さんの器はやはり触手が動く、触りたくなる独特な感じを秘めているような気がします。それで触ってみて、たぶん気に入る人は自分の中で重さとか手触りとかを瞬時に察知するのではないかと。察知して置いてしまう人と再び両手に持って眺める人といるだろうことも非常に面白いことと期待しています。

安齊 家にもいろんな器がありますけれど、何気なく取る器というのは毎回同じ器だったりしますから。やはり、そういうものをつくれたらと思います。

根本 安齊さんはまだお若いし、これからつくり手としての先々も長いと思うんですけれど、最近、若いユーザーがなかなか育っていないのではないかという話をよく聞くんですね。工芸を支えて下さっている方たちの年齢層というのはどんどん上がって行って、ものがそれほど必要ではなくなっている状況です。一方で若いつくり手はどんどん育ってきて、共にユーザーも育てていかないと、この業界も先細りになってしまいます。その点から、若い使い手を育てて行くということに関して、何か安齊さんは考えていることはありますか。たとえば、好きになってもらうきっかけづくりとかはいかがでしょうか。安齊さんは20代前半でサラリーマンから転身して、こういう道に飛び込んだわけですけれど、そのスイッチみたいなものは、どこにあるのでしょうか。

安齊 僕の場合は、正直、やり始める前はそんなに器とかに興味はなかったんです。食べることは好きでしたけれど。ある時、漆塗りの箸をいただいて、せっかくなのでその箸を使ってみたら、いつも使っている箸とはやっぱり違うんですね。使い勝手もいいですけれど、気持ち的にとても豊かになったんです。いつもと同じものを箸でつまんだとしても、気持ちが豊かになるから、一つ箸が変わっただけで、生活自体が豊かに感じられる。ほかの食器とかも少しずつそうやって変わっていくと、金銭的なことではなく豊かになれると思うんです。プレゼントでも何でも、一つそういうものに出会えると広がるのかなと思います。

安齊賢太 工房イメージ画像 安齊賢太 工房イメージ画像 安齊賢太 工房イメージ画像

根本 まさにそこですよね。その部分を若い方にとくに感じてほしいなと、常々、店に立っていて思うんです。スイッチを入れられる人と入れられない人がいて、まだそのスイッチを閉じている人は多いような気がします。
懐石料理(和食)がユネスコの無形文化遺産に登録されて、では、そういうものを試してみようかという若い人はいるかなと思うと、それほどはいなさそうです。これだけいろんなものが好きで、新しいものに飛びつく人たちが、まだそこに行けていないというのは残念で。安齊さんのような若い作家さんの作品を見て、同じくらいの年の人たちが、そのスイッチを入れてほしいなと思います。

安齊 そうなりたいですね。

根本 お茶が好きだったら急須でちゃんと入れるとか、お酒が好きだったら徳利を買ってみるとか。そういうことによって、バランス感覚を養っている人であれば、この徳利だったらこういうぐいのみがあった方が美しいよというような広がりなりを持てると思うんです。取り合わせの美学というものが日本の器にはありますから。

安齊 たとえば和菓子とか料理とか花の仕事をしている人たちと一緒に、もっと若い人たちにも響くようなことができたらなと思います。器だけというよりは、菓子や料理、花を生けるにしても、全般的に組み合わさっていかないと、なかなかこの器いいですよというだけでは難しいかなとも思います。

根本 「日々」の作品展では、安齊さんの作品を初めてご覧になる方が多いと思いますが、楽しんでやっていただけそうですか。

安齊 まだ楽しめるというところでは正直ないですけれど、全部の準備が終わった時には多少楽しめるようにしたいですね。

panorama Interview 安齊賢太「触りたくなる器」インタビューイメージ画像

根本 今日はありがとうございました。

*2 陶胎漆器: 陶磁器に漆を加飾したもの。

インタビューを終えて

サラリーマン時代、このままでは自分の人生が終わってしまうと感じ思いついた陶芸の道。
それしか思いあたらなかったと・・・語ってくれました。
制作に夢中になって、わき目も振らず、懲りずに作る、
そのまっすぐな性格は、今の安齊さんの仕事をささえていると思います。
師匠に習った整然とした工房は、白くやわらかい光の気持ちのよい場所でした。

根本美恵子

ギャラリー勤務を経て、2004年エポカザショップ銀座・日々のスタートとともに、コーディネーターを勤める。
数多くの作り手と親交があり、日々の企画展で紹介している。
» エポカ ザ ショップ銀座 日々

安齊賢太展

安齊賢太展

2014/2/21(金)〜2/26(水)
@エポカザショップ日々/銀座

日々 -にちにち-
http://epoca-the-shop.com/nichinichi/
03-3573-3417
東京都中央区銀座5-5-13
●地下鉄 銀座駅B6出口より3分