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gallery's eye × panorama Special Interview「陶芸や焼物というよりも“うつわ”を紹介したいんです。」

Interview うつわ楓 島田洋子 Utsuwa Kaede / Youko SHIMADA 聞き手:松本武明(うつわノート) / 文・構成:衣奈彩子 / 写真:大隅圭介 / Oct. 2014

小さい頃からうつわに親しむ毎日

松本 島田さんは、昔からうつわが好きだったんですか?

島田 はい。私は、若い頃から土もののうつわがとても好きだったんです。土ものうつわは、触っているだけで気持ちがゆったりするし、料理が盛りつけられている姿を見ているだけで幸せでした。いつか、うつわに関わる仕事をしたいと思っていましたね。

松本 若い頃からというと、ご実家でもうつわには気を遣っていたんですか?

島田 母親が料理上手で、毎日の食事では、うつわにどう盛りつけて美味しく食べてもらうかということに気を配る人でした。庭の草花を採ってきて料理に添えたりして。

松本 うつわに囲まれた生活だったんですね。そこからお店を持つまでに至った経緯は?

島田 最初に工芸の世界に関わったのは、以前外苑前にあった京都伝統的工芸品センターに勤めた時です。お店で働くのは初めてだったのに、人が少ないこともあってすぐに店長になりました。どんなお客様がいらしてどういうものを手に取ったかを、京都市に報告しながらお店を運営していく仕事で面白かったですね。そこを辞めた後は、夫の仕事の手伝いをしていたんですが、そちらが落ち着いてきたので、今度はベネチアンガラスのお店で働きました。このお店では、販売や棚卸し、ラッピングまでお店の運営に必要な基本的なことを身に付けることはできましたが、閉店が決まってしばらく家にいることになったんです。そうしているうちに、だんだんと自分でお店を持つことを考えるようになって。時間をかけて物件探しをして、1998年の6月にうつわ楓をオープンしました。

インタビューイメージ画像:うつわ楓 島田 洋子

陶芸や焼物というよりも、うつわのお店

松本 なぜ、うつわのお店だったんですか。

島田 夫が「とにかく自分のやりたいことをやればいい」と言ってくれて。いろいろやってきたけれど、本当は何をやりたいのか真剣に考えてみたんです。それで、辿りついたのがうつわ。それも、土もののうつわがメインのお店でした。

松本 当時は、屋号にうつわを名乗るお店というのは珍しかったのではないでしょうか。いまでこそ、うつわという言葉をよく使うけれど、当時は、陶芸や焼物と言っていましたよね。

島田 陶芸というと観賞のためのものも使うものも含まれますが、私は、使うものをやりたいと思っていたので、あえてうつわという言葉をつけたんです。

インタビューイメージ画像:うつわ楓 入口

松本 オープン当初の作家さんも、うつわ作家ばかり。いずれも日常の食器を作っている方ですね。

島田 故・青木亮さん、尾形アツシさん、臼田けい子さん、砂田政美さん。いまとは作風は違いますが、小山及文彦さんなどですね。とにかく食器だけを扱おうと思っていました。それも自分の好きなものだけ。売るということもあまり考えてなくて、自分の部屋のように心地よくて楽しめる空間を作ろうと思ったんです。最初の数ヶ月は、お客様が入って来るのが怖くてずっとドアを閉めていたんですよ。後から聞くと、お客様も「すごく入りにくかった」「ドアを押すのが怖かった」って。

松本 決して広いお店ではないですが、このサイズが良かったんですか?

島田 売り場の広さは、4坪です。好きなものを厳選して置ける広さがあればいいと思っていました。

インタビューイメージ画像:うつわ楓 外観

松本 すぐに展覧会を始めたんですか?

島田 最初は、仕入れて販売するのが中心でした。ガラスも漆も扱っていなかったです。

松本 その頃のうつわの市場というのは、どうでしたか?

島田 個人でやっているお店が少なかったというのもあって、お客様の中には、値段をみて「これが一枚の値段ですか?」と聞く方も多かったですね。高いと感じるのか、買わずに帰る方もとても多かった。そんな中でも、うつわが好きな方は確実にいて需要はあったので、普段使いできるものを中心に紹介していました。価格帯は、いいものに出会った時に躊躇しないというか、衝動的に買える値段が目安です。当時のお客様とは、いまももちろんお付き合いがありますよ。

松本 お店としては、最初からうまく回っていたんですか?

島田 すぐそばに「チポーラ」という食器のリース屋さんがあって。オープンの準備をしている時からそこに通うスタイリストさんたちが目にとめて下さっていました。ですから、最初のうちから雑誌に紹介していただいたり、「チポーラ」で探しているものがなかった時に立ち寄ってくださったり、自然に広まっていきました。それには、感謝していますね。

松本 早くから知られていたんですね。

島田 お客様がいらっしゃるようになって、自分がいいと思って置いた物を同じようにいいと思って、買ってくれる人がいることが面白くなって販売するのがどんどん楽しくなっていきましたね。

女性オーナーの目線、うつわ楓の眼

松本 作家さんは、どういう視点で選び、増やしていきましたか?

島田 お店を始める前から好きだった方に声をかけていったので、故・青木亮さんや村木雄児さんにお願いしましたが、どの作家さんも私より年上。作家というとなんとなく怖いイメージがありましたが、中でも話しやすくて私のやりたいことも聞いてくれる方から声をかけていきました。まったくの素人だったので作家さんに教えていただいて助けられることも多かったです。長くお付き合いをしていると作るものが変わってくることがありますが、それも含めてお客様にご紹介したいので、なるべく継続的に取り扱うようにしています。一方で、作家さんの姿勢に私として納得できないことがあると疎遠になってしまうこともありますね。人として好きでも、うつわに関する考え方が私とずれてしまうとうまくいかないです。

松本 ものだけでも人だけでもない。作家さんのことは信頼しているけれども、自分のお店に置くべきうつわでなくなった時には、選ばないということですか。厳しいですね。

島田 厳しいでしょうか。

松本 そこに、うつわ楓の眼、基準があるということなんですね。

インタビューイメージ画像:うつわ楓店内

島田 とにかく、うつわというものにこだわっています。食器を置きたいんです。すると、手に持って使ううつわは、適正な重さであって欲しいし、重なりがいいことも重要。そういう主婦の目線は、作家さんにもよくお伝えしますね。「ここが、もう少しこうだったら欲しい」というお話をして、そうするのが難しかったら一点ものの作品だけ取り扱うというような選び方はしています。

松本 例えば、作家さんに、5寸の取り皿を10枚注文し半年から一年待ってやっと納品された。しかし、がたつきがある。そんな時はどうしますか?

島田 返しますね。それに一年は長いです。半年であれば待ちます。もちろん、自分がすごく気に入ったものは別ですけど。

松本 いまは、個展が中心で、常設や注文品に気が向かない作家さんも多いですよね。

島田 私は、むしろ常設の作家さんを大切にしています。それも、リピートして注文できる方ですね。「割れてしまったから一枚追加したい」というお客様のご希望にも答えられるお店でありたい。お客様には「うつわ楓に行けば、必ずある」という安心感を持っていただきたいんです。

松本 うつわ楓として、定番で扱っている作品があるんですね?

島田 定番は、臼田けい子さんの瑠璃釉5寸皿。砂田政美さんのしのぎ7寸皿としのぎ取り鉢。アキノヨーコさんのレースグラス。それから、田中信彦さんの変形三角皿です。こちらは、いまは作風が違うにも関わらず、ずっと同じように作ってもらっています。

インタビューイメージ画像:臼田けい子さんの瑠璃釉5寸皿 他
臼田けい子さんの瑠璃釉5寸皿 他

インタビューイメージ画像:砂田政美さんのしのぎ7寸皿
砂田政美さんのしのぎ7寸皿

インタビューイメージ画像:アキノヨーコさんのレースグラス
アキノヨーコさんのレースグラス

松本 形にも定番がありますか?

島田 お醤油皿。5寸の取り皿と7寸の銘々皿。銘々皿は、8寸の方がお料理を綺麗に盛りつけられるんですけど、いま都会の家はどこもスペースが限られるので、7寸をおすすめしています。この3つは、いつも揃えておくようにしています。あとは季節によりますね。春から夏は、ガラスの鉢。ガラスは、飾るものとしてではなく食器として冷製パスタなどに使ってもらいたいなと。それから、変形皿というのも、丸いお皿が多くなりがちな食卓のアクセントになるので一枚からでも取り入れてみてくださいとお勧めしています。

松本 取り合わせも考えてお勧めしますか?

島田 店内のセンターテーブルと窓辺では、常に組み合わせの提案をするようにしています。その提案を何かの時に思い出して、お店に遊びに来て欲しいなと思っています。

インタビューイメージ画像:うつわ楓店内

松本 お店の広さに対して、取扱い作家もうつわの種類も多い方ではないでしょうか。

島田 そうですね。でも、ただ漠然と種類を多くしているわけではないんですよ。色味や柄を増やさないようにというのを心がけています。この空間の中で、できるだけ綺麗に見せたいので、厳選しています。

インタビューイメージ画像:うつわ楓店内

松本 うつわのサイズや重さのお話を聞いて感じるのは、女性オーナーのお店には、使う事に対するきめ細かな配慮があるということです。それに対して、僕のような男性オーナーのお店は、時代や思想を経営に持ち込みがちだと思うんですが、女性オーナーの代表として島田さんは、そこをどう感じていますか?

島田 男性は、理屈が多くて難しいことばかり言っているなあとはよく思いますね。私は女性だからか、やっぱりすごく感覚的。言葉は後からついてくる感じです。

定番があるからこそ、若手も紹介できる

松本 話は変わりますが、個展と常設展のバランスは、どうしていますか?

島田 作家さんには2年に一度、個展をお願いしています。作家さんの数が増えて、常設と個展のバランスにはいつも悩みますが、その両方があることで、定番的に人気の作家さんもこれから期待したい若い作家さんも紹介できるのがいいですね。

松本 常設に来るお客様の割合が減っている傾向はないですか?

島田 いいえ、むしろうちは、常設を楽しみに来るお客様のほうが多くて。個展は、作家さんのお客様やインターネットで調べて来てくださる方で、普段のお客様とはちょっと違うんです。

インタビューイメージ画像:うつわ楓 島田 洋子

松本 売れる食器の傾向に変化はありますか?

島田 いまは、みなさん、うつわをすでにたくさん持っていて、気に入ったものを1個だけ追加するというお客様が多いですね。衝動的にというのではなく必要な時に必要なものを買って行くようです。一方で、若い方や男性のお客様が増えて来ました。昔は、男性というと花器や酒器を見にくる方が多かったですが、最近は、普段使いのうつわを探しに。仕事の合間に見にいらして、週末になると彼女や奥様を連れて買いに来てくださるんです。20代後半から上ですね。

松本 若いお客様が増えているというのは、嬉しいですね。

島田 でも、若い方は、いろいろなお店を見比べて歩くこと自体を楽しんでいるようで、買って自分のものにするということを最終目的にしていない方も多い気がしますね。実際にお客様が購入する量や金額は、以前より減ったと思います。売り手も、作り手も、ちょっと大変な時代ですね。

松本 いまは、陶器市やクラフトフェアで、作家さんから直接購入することもできます。それに対しては、どう思いますか?

島田 陶器市は、お祭りという感覚で行く方が多いと思うんです。中には、値段を下げて販売している作家さんもいるんじゃないでしょうか。そういう場所でこそ、作り手は、自信をもって値段をつけることで作品を説明していかないといけないと思いますね。うちの展覧会で作家さんが新作を展示する時には、適正価格を見極めて提案するようにしています。

松本 最近は、作家の裾野が広がりました。うつわがブームだという実感はありますか?

島田 そうでもないですね。むしろ、一段落したかなという感じがします。

姉妹店shizenを継続する意味

松本 ところで、島田さんは千駄ヶ谷にもshizenという店をお持ちですね。

島田 うつわ楓がオープンして8年後にshizenを始めました。その頃、いろいろな作家さんとの出会いがあったんですが、ここではスペース的に難しかった。そんな時にたまたま千駄ヶ谷に場所が見つかり、店長を任せられる人(現在の店長:刀根さん)にも出会ったので思い切ってスタートしました。

松本 島田さんがshizenの運営まですべてを統括しようとは思わないですか?

島田 販売する人の気持ちになると、自分で選んだうつわのほうが自信をもって勧められる。作家さんとのやりとりも、店長がやるほうが面白いし責任感が出ますよね。店長の刀根さんと私の好みが似ていることもあり、全面的に任せているんです。

松本 shizenを始めたからといって、売上げが倍になったわけではないですよね。

島田 ないですね。むしろ大変になったかもしれない。でも、いろいろなうつわや作家さんに関われるのが面白くて続けています。店舗の垣根を越えて作品を行き来させて、コーディネート提案をすることも多いんですよ。

インタビューイメージ画像:うつわ楓店内

松本 2014年は、shizenがあった建物が取り壊しになって移転するという変化もありましたね。2店舗経営するという大変さから解放されるところだったのに、続けたのはなぜですか?

島田 実は、一度は閉店することを決めてお客様にお知らせしたんです。でもそのとたんに寂しくなってしまって。shizenでは、他ではまだ扱っていないデビューしたばかりの作家さんに声をかけることも多くて、その都度、刀根さんが試行錯誤しながら展示や個展をしてきました。そういう作家さんが他店でも扱われるようになるのを見るのも嬉しかったんです。閉店によって、そういうことが出来なくなってしまうのは寂しいなと。それであきらめきれずに、また場所探しから始めました。

松本 若い作家さんは、刀根さんが探してくることが多いですか?

島田 私が紹介することも多いですが、実際のやりとりは、任せています。

松本 新しい作家さんの情報はどこから得るんですか?

島田 作家さんのお友達や、いただいたDMを通して得ることがほとんどです。数年前のDMを引っぱりだしてきて、やっぱりいいな、お願いしてみようということもあります。

うつわの伝道師でありたい

松本 最近の工芸やアートをとりまく状況に関しては、どう思いますか?

島田 インターネットの普及でアートが身近になったと思いますね。私自身も、工芸は使うものが中心、アートは用のないものと思っていましたけど、最近は、用のないオブジェのようなものが用のあるうつわと一緒に並んでいるのも綺麗だと思うようになりました。工芸とアートの境目がなくなって、アートも気軽に触れられるものになってきた気がしています。そういう作品を扱うライフスタイルショップのようなお店も増えて、目にする機会が多くなったからかも知れませんね。

松本 gallery’s eyeに賛同したポイントは?

島田 まずは、とても楽しそうだなと思いました。これだけのギャラリーが一カ所に集まるイベントは他にないですし。クラフトフェアや陶器市とは違う、ギャラリーの眼を通したものを見てもらうことは、すごく大切だと思ったんです。

松本 島田さん自身は、お店を見て回るのは好きですか?

島田 好きですね。クラフトフェアよりもお店が楽しいですね。うつわは、綺麗に並べた状態で見たいというのがあるからだと思います。お店では、この作品はこの目線で見せれば綺麗だとか、照明の当て方をどうしようとか、すべてが考えられてあるはずでそういうものを見に行きたい。新しい作品との出会いもいつも楽しみにしています。

インタビューイメージ画像:うつわ楓 島田 洋子

松本 これからは、お店としてどうしていきたいと思っていますか?

島田 運営の仕方や見せ方は、いまのまま。常設を充実させていきたいと思っているんです。

松本 うつわが生活用品の中の1アイテムとして受け止められ、取り上げられることも多いこの時代だからこそ、うつわ楓のようなうつわ専門店の意味がいま問われているのかも知れないですね。

島田 そうですね。もっともっとうつわに特化したいと思っています。shizenも、移転を機に雑貨の取扱いはやめて、うつわだけを見せるお店にしたんです。売上げは厳しいかもしれないけど、そうしていこうと。

松本 うつわの伝道師でありたいと。

島田 はい、そう思っています。shizenの店長の刀根さんも、そう思っています。

松本 うつわの何が好きなんですか?

島田 なんでしょう。とにかく楽しいですね。うつわを手に持って見ているだけで幸せなんです。同じアイテムでもひとつひとつ表情が違うし、作品の奥に作っている人が繋がっているというのが、なによりも魅力的ですね。

松本 そうですね。本日は、お忙しい中ありがとうございました。