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瀬沼健太郎の花とガラス 「移ろう季節の中で ー 早春編」

まだ山に花があるかないかという頃。 寒さの中にある春をみつけようと、 ガラス作家・瀬沼健太郎さんは 八王子の自宅から少し離れた山を歩いた。 年を越した枯れ枝や、ひんやりとした山の空気の中で、 自生の花たちが静かに咲き始め、花の周りには、 移りかわる季節の息づかいが聞こえていた。 その声を持ち帰り、瀬沼さんは花とガラスで、 いまという季節の気配をとらえる。

花器のつくり手であり、花生けの名手でもある瀬沼健太郎さん。意外なことに、学生時代は前衛的なアート表現に夢中になり、花器をつくったことはなかったそうだ。器づくりを始めたのは、卒業後、金沢卯辰山工芸工房に学んでから。以来、自然の中にある多彩な水の表情のように、ガラスを豊かに表現した花器をつくり、自ら花も生けている。

「瀬沼さん、いつからお花が好きなのですか」と尋ねると、少し間を置いて返ってきた。「子どもの頃、よく自転車で高尾山へ遊びに行ったのだけれど、沢の辺りに生えている苔をじっと一人で眺めているのが好きだった。背景には山の木々があって、山全体の空気を体で感じながら、足元の苔のディテールに見入るのが気持ちよかった」。苔も花も、自然という全体の中の部分であり、摘み取った一つの花でさえ、その向こうに広がる景色が見えているのだろう。

今回の花生けテーマは「早春」。薄氷を割るような早春は、次第に水もゆるみ、桜花と山の芽吹きを迎える。冬から春へ、移ろう姿を切り取ると、ガラスの花器までも氷柱や雪解け水、春の雨の滴のように見えて、季節を生き生きと感じられる。

於/昭和記念公園歓楓亭

曽呂利雪割草、ホオズキ

年を越え、枯れに枯れたホオズキに合わせたのは、新しい季節の始まりを思わせる雪割草。地面からそれほど伸びずに葉や花をつける。花器の瑞々しさによって、枯れものを入れても枯れ過ぎず、雪解けの中に鮮やかな緑を見つけたような趣に。

掛花福寿草、枝

「福寿草の黄色は、蝶々の羽みたいにキラキラする」。じっと見つめていたい小さな花に、野山を感じさせる枝を合わせてみると、落ち着いた自然な雰囲気に。

花入木瓜、秋明菊木皿:羽生野亜作

寒さが少しゆるんだ春先、順番に花を咲かせる木瓜を、蕾のまま生けて待つ。

菜の花、雲柳木皿:羽生野亜作

春の訪れを明るく告げる菜の花。細い枝先に芽をつけた雲柳も軽やか。低めの杯は安定感があって、リズミカルに大地の春を奏でる。

椿飾り台:羽生野亜作

「花器や敷物がしっかりしていれば、生けると気負わず、器にそっと花を沿わせるだけでいい」。

線の肌理椿

葉をいくつか落としてみる。
薄氷と椿の凛とした出会い。

ヤク乳杯翁草、杉

「翁草は花を使いたい」。花の後に見られる白髪の翁のような綿毛もよいけれど、この花の魅力を知ってしまったから。大きなガラスから削り出した花器に少し水を張って、清らかな水たまりをつくる。すると、泉の中から頭をもたげ、いまにも花開こうとしているよう。

曽呂利桜、檜

開き始めたばかりの桜に、深い色味の檜を背負わせると、山に咲く楚々とした桜の雰囲気に。水滴のような形をした花器もまた、春早い山の水を汲みあげてきたかのよう。

曽呂利白梅、杉

白梅は空気をきりっと引き締める。杉もまた神木のイメージからか、きりりとしている。開き切っていない梅一輪と、青い枝先の蕾だけを残したら、菜の花や桜が咲いて空気が温む前のまだ冷たい空気感に。

掛花山茶花、檜

花を生けることで花の下に空気の層がうまれる。湿度を含んだような清々しい空気に、花器の白さが生きて、山茶花を照らし出す。

花入山茶花木皿:羽生野亜作

丸味を帯びた花器に生けると、ダイナミックな枝の動きが見えやすい。春の日差しを受けるように広がる葉は、葉の向きを自然の中にあるときのように。

春蘭、枝飾り台:羽生野亜作

季節の瑞々しさを見せたくて、湿り気を感じさせる春蘭を選んだ。「水辺の空気が好き。水面と草木の間で湿度が絡み合い生じる、あの空気感が」。

線の肌理馬酔木

山の低い辺りを歩いていて、よく見かけるという馬酔木。スキッとした氷柱のような花器に生けてみると、鬱蒼とした美しさが匂ってきた。

線の肌理福寿草

氷のような表情をもつガラスに、
福寿草はよく合う。

ヤク乳杯

枝を少し上に向かせて、ゆったりと扱う。冬の間、縮こまっていた体を伸ばすように。やがて舞い込んだ風が、大きな花器の中を巡って、花びらとともに吹き抜けて行く。

国営昭和記念公園の一角にある日本庭園。日本の伝統的文化を継承する場として、また、人々がコミュニケーションを深める語らいの場として、さまざまな活動を行うことができます。
今回撮影でお借りした「歓楓亭」は日本庭園内の池の西側にあり、奥深い池の広がりが観賞でき、建物は、北山の杉丸太、吉野の錆丸太、木曽の檜板などを随所に用い、檜皮葺きの屋根や柱と桁の仕口・継手など、日本でも数少なくなった数寄屋大工ら独特の職人が扱う伝統的な技術をふんだんに取り入りれています。
開催時間内にはお抹茶とお菓子の呈茶サービス(※有料)を実施しています。 詳しくは国営昭和記念公園管理センターまでお問い合せ下さい。
〒190-0014 東京都立川市緑町3173 TEL 042-528-1751

場所・撮影協力:歓楓亭 / 国営昭和記念公園
器・花生け:瀬沼健太郎
文・構成:竹内典子
写真:大隅圭介

ヤク乳杯
水湧くところ スージャ
線の肌理(きめ)
ボトル
曽呂利(そろり)
花入 杯
掛花