「祈り」 日々の暮らしの中で 2016.10.15
文・構成:竹内典子 / Oct. 2016
パノラマで紹介している作品を用いて、「祈り」を表現できないだろうか。このややわかりにくいテーマを引き受け、パノラマとコラボレーションしてくれたのは、SEKI DESIGN STUDIOの関洋さんと秋山光恵さん。家具や空間のデザインワークにおいて、人の思いとかたちが結びつくことを大事にしているお二人に、日々の暮らしの中の「祈り」を考えていただいた。
手仕事から生まれたたくさんの作品と向き合い、それらを自宅アトリエの空間に広げて、場所や時間、人の動き、物と物との空気感を読み解き、取り合わせたり、見立てたりしながら、空間の中に祈りの質感をつくっていった。インテリアデザインの視点はもちろん、生活者として、また仏門修業した秋山さんには仏教徒としてのまなざしもある。
「大切な方がそこにいると思える場所をつくることで、ライフスタイルも変わってきます。自分らしく祈りのかたちをつくることは、とても素敵なことだと感じていただけたら。今の暮らしに合うようなかたちで、静かな祈りの美しい風景が生まれることを願いました」。
一日の始め。清らかな朝の気配をガラスに映して感謝する。
神聖な空気が漂う、朝の部屋の片隅。ガラスの質感と光と水のプリズム、左官壁の陰影が移ろい始める。「ガラスは透き通った薄いもの、つやつやした厚みのあるもの、不透明でザラッとしたもの、翠がかったニュートラルな味わいのものなど、同じ質感のものを組にして調和させています」。浄化された空気が行き渡るようで清々しい。 ガラスの花瓶は瀬沼健太郎さん、オブジェは高橋禎彦さん。棚は|素|のもの。
生命の源を注ぎ入れ、故人を偲ぶ花生け。
前日の夕刻、空の器に差した、骨のようなシルエットの白モクレンの枝。秋山さんのお父様が好きで門前に植え、大きく育ってシンボルツリーとなったもの。亡くなられた時、その枝を切り出して、莟のついたものは棺に入れ、大きな花のついたものをドライにしたら骨のようなシルエットが残ったという。迎えた朝、器に新鮮な水を張り、やはりお父様の好んだ蝋梅を生ける。「高貴な香りには鎮静、精神安定の作用があり、空気を清浄するとも言われます。慈愛という花言葉がふさわしく、どちらの枝も父を感じるものです」。 ガラスの花瓶は瀬沼健太郎さん。棚は|素|のもの。
自分たちらしく室礼、仏壇の代わりに。
「日常の空間も、自分にとって神聖な対象をみつけられると、そこは祈りの場に自然となっていくのではないでしょうか。対象と息の合う道具を思案することもまた、祈りの行為に重なっていくように思います」。ここではプリミティブな美しさの器を、大きさを合わせて三具足=花入・香炉・燭台に見立て、対象との世界観を描いている。 小山剛さんの木窟に鎌田奈穂さんの残欠。三具足(花入、香炉、燭台)は安齊賢太さんに特注。
遺品の居場所をととのえて。
蓮の花弁は浄土の象徴とされるもの。「念仏を唱えると、臨終の時、極楽浄土へ導くため阿弥陀佛や観音菩薩が迎えに来てくださる。そして、観音菩薩が蓮を差し出すと、亡くなった方は莟に入り、浄土で花開き、菩薩として生まれ変わるとされます」。その教えをヒントに、蓮弁の蓋物に遺品を納めて、故人の成仏を願う。 舎利入れ(内側:金箔)と台は林友子さん。
オブジェを位牌に見立てる。
女性的、男性的なフォルムを感じさせる鉄のオブジェ。「両親の位牌に見立て、対に並べてみました」。じつは手に持って揺らすと音が鳴るという作品で、同様の小振りなものをおりんに見立てて添えている。「手を合わせ、鳴らすことで、この世とあの世、大事な人に繋いでくれますように」。 鉄のオブジェは渡辺遼さん。数珠は|素|のもの。
仕事場の片隅に、静かな祈り。
フレームを用いて、花の周りの空気ごと囲う。そこには特別な力が宿るようで、凛とした祈りの場所となる。「仏壇はそこに存在することを確定させるものでもあり、ワークスペースであっても場を囲うことで、そこに清らかな存在を得ることはできるのではないでしょうか」。 花入と台は安齊賢太さん。フレームはkirizenの脚部で|素|のもの。
「自分玉」という名を持つ石たち。掌に包んで、祈りを込める。
自分にとって大切な数字というものを思い浮かべてみる。それは誕生日であったり、特別な思い出の日であったり、あるいは手を合わせる時刻や命日であったり。「忘れることのないよう、大切な時を数に刻んで、石の普遍性に留められたら。木目の美しい木の器もまた、時をつなぐ道具となってくれるでしょう」。 自分玉は林友子さん。木の器は羽生野亜さん。
神聖な力を放つ造形。
無垢な祈りのかたちをした、李朝風白磁と光を帯びた泥団子。レリーフのようなフレームは、無と有を行き来するような存在か。「祈りをかたちにしたり、造形から祈りを導いたりしながら、日常の中に、美しい風景を描いていきます」。 白磁の花入と高台皿は光藤佐さん。泥団子とフレームは林友子さん。
故人を偲ぶ膳。夕刻、好物だったお酒も供えて。
特別なものではなくても丁寧につくった料理を、自分なりのこだわりで選んだ器に盛ってお供えする。やがて、お下がりとしていただく。「仏様を喜ばせる膳は、自分のこころとからだの栄養にもなっていくもの。どのような器や料理であっても、そこに思いが込められていたら、供養の膳といえると思います」。 台は林友子さん、漆器は佃眞吾さん、グラスは高橋禎彦さん。
共に暮らした生きものを念って。動物のオブジェや小さな灯りを。
家族の大事な一員として、日々を過ごしてきた小さな生きもの。その愛らしさを思い浮かべながら、リビングの片隅に安らぎの場所を。「かたちにとらわれず、こころをこめて供養をするのは、とても自然なことだと思います」。
動物のオブジェは島田篤さん。円のオブジェと小皿は鎌田奈穂さん。掛花は光藤佐さん。
「三具足」 花立・香炉・燭台(デザイン:SEKI DESIGN STUDIO/製作:中島 完)と
「重ね箱」は|素|のもの。
香や灯によって感覚を澄ませ、自身と向き合う。一日の終に。
「願わくは我が身浄きこと香炉の如く」という経文を、日々の暮らしに表現してみる。「灯明には無知無明を照らす意味があり、香には自分の身とこころを浄める意味があります。香を焚くという所作によって、清浄な空間が生まれ、清らかな香を放つ香炉のように、我が身も浄らかにと願う心地になれます」。灯も香もこころ休まる道具。それらを小さな膳にそろえて一日を振り返り、自身のこころや行いと向き合い、明日へとつながる場に。
ガラスの蓋物は津田清和さん。
「三具足」 香炉・蝋台(デザイン:SEKI DESIGN STUDIO/製作:中島 完)は|素|のもの。
スタイリング・撮影協力:SEKI DESIGN STUDIO
文・構成:竹内典子
写真:大隅圭介 (panorama)
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