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井上さんがよく言っていますが、高橋さんのガラスがもつ"やわらかい"という感じ。たとえば、その独特のやわらかさに価値を見出す人も多いでしょう。私には官能的にさえ感じるんです。特にあのピッチャー、すごく色っぽい(笑)。高橋
ああ、それすごく嬉しいな(笑)。そういう風に捉えてもらえると、器とオブジェの境って関係ないじゃない? って、思えるんだよね。井上
視覚的なだけではなく、その独特のやわらかい触感が、手に持った時や口に当てた時に何ともいえず心地よいんです。高橋
僕のグラスって、口に近い部分をよく見ると、向こう側がまっすぐに透けて無くてレンズ状に波打っている所があるんですよ。それで雰囲気が出る。つまり、厚みが均一じゃないってこと。——
あのうねうねとした感じは、息の吹き加減なんですか?高橋
宙吹きでグラスをつくる場合、吹き竿で膨らませたガラスの反対側にポンテという棒をつけ、吹き竿側を切り離して本体をポンテに移しかえるんです。切り離した所がグラスの口になるんだけど、焼き戻して拡げるからガラスの厚みが動くんだよね。つまり、口に近いその部分だけ、グラスの下部分とは違う動きをするということ。外形線上は繋がって見えるけれど、内側が少し違っていてレンズ効果が生まれる。その加減がいい具合にできると、スゴク気持いい(笑)。——
嬉しいでしょうね。俺って天才!みたいな感じですか(笑)。高橋
そうそう、キレイなのが出来るとね。まあ、毎回そう思ってるんだけど(笑)。 -
高橋さんのガラスって、
すごく官能的です。 そう捉えてみると、
器とオブジェの境って、
関係ないんじゃない?
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丁寧ではなく、
上手いことやらないと
出来ないのがブロー。
簡単ではないし、
時間がかかることなんだ。 -
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高橋さんは、ガラスという素材のどこに惹かれているんですか?高橋
やっぱり、熔けているガラスが一番面白いよね。息を吹き込めばぷーっと膨らむし、引っぱればびよーんと伸びる。ガラスという素材が変化する時に見せるダイナミズム、それって冷めた感覚じゃなくて、すごくホットな感覚なんだと思う。理屈じゃないんだよね。
学生時代、まだ技術が無いときにはコールドワークによってガラスを自分の作品にひっぱっていこうとしていました。要するに、吹いて出来上がったガラスを削ったりして加工する作業。最初はしょうがないんで、そこで自分を表現しようとするんだけど、僕の場合、そのやりかたで仕事を続けるのはあまり向いてなかったみたい。——
たとえば、初期の作品にはコールドワークのものがありますよね。そういう過程を経た今の作品は、吹きガラスが中心ですね。ある意味、ガラスの原点に近づいているということですか。高橋
そうなのかな。コールドワークも今やったら結構いいかもしれない、そう思うこともあるんだけれど、ブロー(宙吹き)の方が自分にとってはやり甲斐がある。もちろんコールドワークにも、じっくり仕上げていくよさがあるんだけど、ブローっていうのは、丁寧にやったから出来ることばかりじゃなくて、上手いことやらないと出来ないことが多いと思います。それは簡単ではないし出来るようになるまでに時間がかかることなんだ。だから、自分の作品の遍歴がコールドワークからブロー中心に変化したのも、必然ではあると思う。
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井上
確かにブローは難しいですよね。実際、ブローだけで勝負できる人はすごく少ないと思います。高橋
たとえば学校を例にすると、みんな同じやり方で吹きガラスを習っていたとすると、ちょっとぐらいの技量の差じゃあ、自分の方がスゴイって思えないんです。だからそこに何か細工をしようとするわけ。それを繰り返しているうちに、どんどん複雑なことになってきちゃう。その変化は、世の中の求めとは関係なく、単にライバルに勝つことが目的になっているんだよね。それで気が付くと、とんでもない複雑なものが出来上がっていたりする、それがよくある学校の実情です。例えば僕が井上さんに「これどう?」って聞いてみて「いいんじゃない」と言われて……。本来はそういう確認作業の繰り返しを入れないと、世の中と無関係な物づくりになってしまう。スゴイとは思うけどいらない、っていうものができることになってしまうんです。井上
これからガラスの世界はどうなっていくと思いますか?高橋
たとえば焼き物の世界って、結構細かいでしょ。焼き物の人がルーシー・リーの話なんか始めると、みんなで化学記号とか書き出しちゃって、僕なんて横で見ていてさっぱりわからない(笑)。ガラスやってるやつは、素材自体のことにはあんまりこだわらないで、まだ形作ってるだけだったりする。ほかにもまだやれることがたくさん残されている。何かもっと、面白いことが出来る可能性があると思うんだよね。 -
これどう?いいんじゃない?
そういう確認作業が大切。
そうじゃないと、
世の中と無関係な物づくり
になっちゃうんです。
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次はどう変わるだろう?
高橋さんは、
常にそういう期待感を
持たせてくれる人。 -
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最後に、井上さんから見た高橋禎彦さんとはどんな作家ですか?井上
変化し続ける人。これまでずっと高橋作品を見続けてきましたが、常に感じるのは、変化していくおもしろさがあるということ。次はどんな作品になるだろう、そういう期待感を持たせてくれる。高橋さんは、予測もつかない変化をする人であり、そして、必ず、誰の真似でもなく、誰にも真似が出来ないレベルで見せてくれる。それが大きな魅力です。——
来年は東京国立近代美術館工芸館※5にて高橋さんの個展が開催される予定ですね。楽しみにしております。本日はありがとうございました。
インタビューを終えて
『ガラスのブローは、丁寧にやれば出来るのではなく、うまいことやらないと出来ない。』という高橋さん。彼がブローしている姿は、ガラスとセッションしているようで、美しい。『熔けたガラスという素材が面白いから始めた』という高橋さんの、ガラス制作の初期から今日までのお話を伺った。これからも『何かもっと、面白いことが出来る可能性があると思うんだよね』と語る高橋さんの言葉は、ガラスを学び、制作している若い人達への有意義なメッセージにもなったと思う。
井上典子