
Interview 繕工 佐久間年春
「割れや欠けを受け入れ、美に転換していく」繕いの仕事
ー 「金継ぎ」ではなく「繕い」、ご自身を「繕工」と称されますね。
壊れた陶磁器などを、使うために漆で修理することを「漆繕い」といいます。「金継ぎ」はその一部を指す呼称です。そのため、修理されたものをすべて「金継ぎ」と呼ぶのは少し正確ではありません。それぞれに適切な呼び方があります。
・漆(色漆)で仕上げたもの→漆(色漆)繕い
・金粉を蒔いて仕上げたもの→金繕い
・銀粉を蒔いて仕上げたもの→銀繕い
・錫粉を蒔いて仕上げたもの→錫繕い
漆繕いは、室町時代の茶の湯から生まれたといわれています。この文化は世界に類を見ない日本独自のものです。割れというアクシデントを受け入れ、滅びゆくものへの愛おしさや儚さを美に転換していく積極的な姿勢が“わびさび(侘・寂)”という「不足の美」を愛でる日本人に受け入れられていると思います。
繕工は、職人でありたいという目標のようなものです。
ー 繕いを始めたきっかけは?
20代の頃から骨董が好きで古いそば猪口などを集めていました。いずれ漆繕いをやってみたいと思っていました。実際には2011年に、西麻布にあった「R」で行われていた、堀道広さんの「金継ぎ部」で漆繕いを学びました。
その年の「平和島骨董市」では、鎹(かすがい)繕いの茶碗に出会いました。鎹繕いは、中国で発明された技術です。骨董屋さんで見つけた中国・明代の白磁椀に鎹が打ってあり、眺めているうちに鎹の潔さと堅牢さに惹かれて、自分でも鎹を打ってみたいと思うようになりました。当時は教えている人もいなくて、鎹を打つ人もいなかったので、青山の金工の先生を訪ねました。先生は鎹は作れても陶磁器に打ったことはないとのことで、まずは金属の扱いを覚えることを目標に、鍛金を習いました。金属の特性、焼きなまし、叩くことで金属の組成が変わる(強くなる)こともそこで学びました。同時に独学で陶磁器に鎹を打つ実験を重ねました。中国映画『初恋の来た道 』(チャン・ツィイー主演、チャン・イーモウ監督、1999年)の中に「鎹繕い」のシーンが5分間だけあり、その場面を繰り返し100回以上観ました。また、英国で出版された本の中に鎹を打つ一枚の写真を見つけ、その図説と写真を元に、毎日実験と失敗を繰り返し、一年間続けた頃、やっと器に穴をあけ、鎹を打てるようになりました。
鎹繕い イメージ
ー ガラスの繕いはいつ頃からされてますか?
初めてガラスを漆で繕ったのは2014年頃です。友人から銀箔をいただいたことがきっかけでした。漆ではガラスの繕いはできないと思っていたのですが、ある本に紹介されていた手法を応用して、別の友人からいただいた割れたガラスボウルで試してみました。まだガラス用の漆が開発される前のことで、生漆を使いました。強度はあまり保障できないと思っていたのですが、水は漏れず、今も使用可能です。
ガラスは断面が透けて見えるので、その部分を何とかしたくて、いただいた銀箔を使いました。
その後は、以下の展覧会で繕ったものを発表しています。
- 2015年1月
- 青山のgallery care ofにて初個展「繕う」
- 2015年9月
- 無印良品 パリ フラン・ブルジョワ店「Tsukurou/繕う」
- 2016年9月
- 銀座松屋イベントクスエア「伝統の未来」(ガラスの漆繕いを出展)
- 2016年12月
- 銀座松屋デザインギャラリー「繕う」(漆繕い・焼継ぎ・鎹繕い)
- 2021年7月
- ドイツ・ミュンヘンのMICHECO GALERIE 「蕎麦猪口展」
- 2022年11月
- 青山DEE'S HALL「蕎麦・漆・繕い・骨董」(杉田明彦、佐久間年春、古美術うまのほね 鎌田充浩)
- 2024年7月
- PLAIN PEOPLE 青山「繕う+仕覆&内田悠」(佐久間年春、textile n+R 中村夏実 林礼子、内田悠)
ー 小灯での今展では、使用で割れたものではなく、器制作の過程でヒビや割れ、欠けの入ってしまった小澄正雄さんのガラスを繕っていただきました。
今回は、ガラスの割れやヒビの部分には色漆や銀、金を使っています。ガラスの断面が透けて見えることを利用して美しさに転換しています。ガラスは陶磁器の繕いとは手法が全く違って、手間や時間がかかります。ガラスの繕いにおいても「なるべくシンプルに繕う」ということが信条です。
漆は空気中の水分とウルシオール成分の化学反応で固まります。ガラスの接着面が空気に触れない分、固化に時間がかかります。通常、陶器などは漆が染み込んで接着して固まるのですが、ガラスの場合は、漆の染み込みが無く、断面のみで固定されるイメージです。しかし、水は漏れません。
ガラスの色漆繕い
接着してから2ヶ月くらいでは、まだ断面の中の漆は固まっていない状態です。漆が完全に固化するのには、1年くらい掛かります。
強度については、繕いの後、実際に使われている方もいらっしゃいますが、丁寧な扱い(両手で持つ、強い衝撃を与えない)と布巾で拭く場合は、接着部分に引っ掛けないように注意してください。
繕いによる完璧な強度は求めていなくて、陶磁器全般において強度的には80%くらいで良いと思っています。再び衝撃を受けたときに、繕った部分がその衝撃を吸収し、他の部分が壊れなければ良いと思っています。一度割れたものを直して使うので、なるべく丁寧に扱ってください。
また、ガラスが割れた場合の修理は、陶磁器などと比べて強度が弱いため実用的ではありません。部分的に欠けた場合は、使用可能です。
「修理」とは、器を再び使える状態にすることを目的とします。繕った跡がはっきりとわかりますが、再び食器として使うことができます。
「修復」とは、外観を元の状態に戻すことを目的とします。美術品修復・保存や観賞用などに用いられる技法であり、食器として使うことはできません。
ー 繕った作品の発表だけでなく、繕いのお教室も主宰されているそうですね。
2020年より鎌倉・稲村ガ崎にて「漆で器を繕う」講座を始めて、現在も月に1回行っています。午前と午後の2時間、各4名の教室ですので、じっくりと取り組んでいただけます。基本的には陶磁器と木製品の繕いです。
講座で使うオリジナルの道具のセット
漆で繕うことで、日本人特有の感性が別次元の美しさを生む。壊れた器を自ら修理することによって、器が唯一無二の存在になり、元のもの以上に価値(自分自身の中の)を見出すことに美を感じるのは日本人ならではの感性ではないでしょうか。
繕う行為には人の心を癒し、自分自身を見つめ直すことで心の安定にもつながると考えています。モノを慈しむ心に寄り添う繕いができるようになりたいと思います。
際(きわ) − 硝子と花と繕い −
2025年2月7日㊎-9㊐ / 2月14日㊎-16㊐
硝子 小澄正雄 × 花 井上揚平 × 繕い 佐久間年春
https://cotomosi.com/cotomosinokai_036.html
佐久間年春 (さくまとしはる)
繕工、グラフィック・デザイナー。
2011年から漆繕いを始める。パリやミュンヘンなどでも展覧会を行う。
2017年には横浜美術大学「修復・保存コース」非常勤講師も務める。
2021年 鎌倉にて「漆で器を繕う」講座を主宰。
文・構成:竹内典子 / Feb. 2025